事故で左腕を失った父をもつ元ヤングケアラーが実況レポート!【障がい者立位テニス】の魅力「やってみる選択肢をもってほしい」
高次脳機能障害のある母のケア経験をもつ元ヤングケアラーのたろべえさんこと高橋唯さん。事故で左腕を失った父親がプレイしてきた「障がい者立位テニス」に注目し続けているたろべえさんが、東日本大会を観戦して感じたことをレポート!
執筆/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。 https://ameblo.jp/tarobee1515/
車いすテニスだけが選択肢ではない
「障がい者テニス」と聞くと、どんなスポーツを想像するだろうか。おそらく記憶に新しいパリパラリンピック“車いすテニス”の金メダリスト、小田凱人選手や上地結衣選手の勇姿を思い出す人が多いと思う。さらには、小田選手が目標にしてきたレジェンド、国枝慎吾さんの名前が浮かんだという人も多いだろう。
それでは、障がいをもつテニス選手が、車いすに乗らずにプレーをしている姿を見たことはあるだろうか。10月27日千葉県千葉市フクダ電子ヒルスコートにて「第4回障がい者立位テニス東日本大会」が開催されたので、その様子をレポートしていく。
「障がい者立位テニス」とは?
障がい者立位テニスとは、その名の通り「身体障がいのある選手が立ってプレーをするテニス競技」のことだ。私の父は事故で左腕を失ったが、テニスをするために車いすに乗る必要はない。
そもそも、車いすテニスではラケットを持つ手と車いすをこぐ手、つまり両手を使う必要があるため、父は車いすに乗るとテニスができなくなってしまう。父のように腕を失った人だけではなく、麻痺のある人も同様だ。
車いすを操作しながらの姿勢の維持が難しい人や、義足を使用していて普段は車いすを使っていない人もいる。「車いすに座らなくても、立ってテニスがしたい」。そんな思いから生まれた競技が「障がい者立位テニス」(以下、立位テニス)だ。
6つのクラス別・白熱した戦いをレポート!
選手は障がいによって出場するクラスが異なり、国際クラスではPST(Para Standing Tennis)1~4クラス、さらに国内ではPST5、6クラスを追加した全6クラスに分かれている。今大会は、PST4と6を除くクラスの試合が行われた。
PST1クラス:見応えのあるサーブに注目
PST1は上肢障がい者のみのクラスだ。この日は片腕切断や麻痺の選手4名がリーグ戦を行った。
右前腕切断の千葉正弘選手。PST1クラスには、健常な選手のようにラケットを持っていないほうの手でトスアップを行なうことが難しい選手も多く、それぞれの障がいにあった方法を各自で工夫してサーブを打っていた。
千葉選手は右脇にラケットを挟んでおいて、左手でトスアップをしてから、右脇のラケットを引き抜いて華麗なサーブを繰り出していた。
優勝した藤川昌大選手は、徳島県からの参加。出生時の神経損傷により、右腕を上げたり、右手で物を摑んだりすることができなくなった。しかし、テニスと出会って人生が変わったとのこと。練習を繰り返すうちに右手にボールを持ってのトスアップもできるようになった。とにかく真面目でストイック。食事は鶏胸肉が中心でお米はほとんど食べないのだという。まだまだ数が少ない立位テニスの選手を増やすべく、地元での広報活動も熱心に行っている。
PST2:世界でも活躍する選手が優勝
PST2は上肢・下肢障がい者のクラスだ。麻痺のある選手や膝下を切断して下腿義足を使用している選手ら8名でのトーナメントが行われた。
パワフルなプレーで優勝した村山巧弥選手は、脳性麻痺による生まれつきの左片麻痺だ。9月にはUS OPENの会期中に同会場で開催された招待試合「Para Standing Tennis Invitational」にも招待選手8名のうちのひとりに選出され、出場した。
また、同じくPST2クラスに出場した笠松大聖選手は本大会が初参加。小学生の時にテニスを習っていたが、高校生の時に電車事故で膝下義足になった。学生時代はパラ陸上の選手として世界大会への出場経験がある。コートでは、陸上競技で培った見事な走りを見せていた。
PST3:縦横無尽に走り回る義足の選手たち
PST3は、PST2よりも運動機能が制限される選手が出場するクラスだ。PST3以降のクラスでは通常の試合とはルールも変わってくる。
通常は自分のコートでボールをバウンドさせない、または1バウンドで打ち返さなければならないが、PST3以降のクラスでは2バウンドまで認められる。
8名のトーナメントから決勝に進んだ2名はどちらも膝上を切断して大腿義足を使用している選手だ。
コートの中を縦横無尽に走り回ってボールを追う姿は、義足を使用していることを忘れてしまうほど。
ルールとしては、3バウンドまでに返球すればよいが、時にはノーバウンドで返球することも。さらにはジャンプをして義足側に体重をかけて着地することもあり、「そんなことできるんだ!」と驚いてしまった。
熱戦の末に優勝したのは波田野裕介選手。12月には、準優勝の岸俊介選手とともにアメリカ・ダラスで開催される国際大会出場を控えている。
PST4(今大会は開催なし)は低身長の選手が出場するクラス。男性は145cm以下、女性は137cm以下、その他にも腕や脚の長さなどの基準がある。
PST5:オレンジ色のボールを追いかける
PST5は、PST3の選手よりも運動機能が制限され、移動速度が下がる選手のクラスだ。普段の生活の中では車いすを使用している選手もいる。通常のコートサイズより狭い範囲を使用し、ボールもスピードが出にくいオレンジボールが使用される。
今回は4名の選手がリーグ戦を行った。優勝した関谷譲選手は、二分脊椎症による両下肢機能障がいのある高校3年生。
「受験勉強もあって練習時間が少ない中での試合だったが勝ててよかった。来年以降は世界遠征もしてみたい」と話した。
PST6(今大会は開催なし)は、PST5よりもさらに顕著な上肢・下肢障がいがあり、移動速度が下がる選手のクラスとなる。
10月にしては強い日差しの中で開始した大会だったが、午後からは時折弱い雨が降る場面もあった。しかしながら、出場者の熱気が雨雲を押し退けて予定通りに試合が進んだ。
試合終了後は、交流イベント(ストラックアウトと障がい者立位テニス選手とラリー)も開催され、障がい者立位テニスを知らない一般客も参加し、楽しむ姿が見られた。
12月には55才以上の大会も開催
表彰式で、準優勝の選手たちが「優勝はみんな若者だけど、準優勝はおじさんばっかり」とぼやくと、会場から笑いが起きていた。
しかしながら、テニスは生涯スポーツとしても知られている。長らく健常者として生活してきた中高年世代であっても、脳卒中による麻痺や糖尿病による下肢の切断など、障がいを抱える可能性は常にある。
障がいを負ったとしても、元々テニスをしていた人はそのままテニスを続けて欲しいし、これまでテニスをしていなかった人もぜひ立位テニスをやってみるという選択肢をもってほしい。
12月21日には、東京都八王子市で国内初の55才以上の選手向けの「第1回障がい者立位テニスベテラン大会」(愛称、gogo cup/ゴーゴーカップ)が開催される。
PST2クラスで準優勝した高原安浩選手は、「60代ですが、年齢にめげず頑張ります」と抱負を語っていた。決勝戦では惜しくも若手の村山選手に敗れた高原選手だが、試合の随所でテクニカルなプレーが光っていた。
一般社団法人日本障がい者立位テニス協会では定期的に練習会を開催しているので、55才以上で身体障がいのあるかたは、ぜひゴーゴーカップに向けて練習会に参加してみては。
また、選手としては出場できないかたも応援や練習相手は常時募集しているので、ぜひ実際にパワフルなプレーを観てみてほしい。
撮影:泉仁志(JASTA提供)
ヤングケアラーに関する基本情報
言葉の意味や相談窓口はこちら!
■ヤングケアラーとは
日本ケアラー連盟https://youngcarerpj.jimdofree.com/による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。
■ヤングケアラーの定義
『ヤングケアラープロジェクト』(日本ケアラー連盟)では、以下のような人をヤングケアラーとしている。
・障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている
・家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている
・障がいや病気のきょうだいの世話や見守りをしている
・目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
・日本語が第一言語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている
・家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている
・アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
・がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている
・障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている
・障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
■相談窓口
・こども家庭庁「ヤングケアラー相談窓口検索」
https://kodomoshien.cfa.go.jp/young-carer/consultation/
・児童相談所の無料電話:0120-189-783
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
・文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」:0120-0-78310
https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm
・法務省「子供の人権110番」:0120-007-110
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html
・東京都ヤングアラー相談支援等補助事業 LINEで相談ができる「けあバナ」
運営:一般社団法人ケアラーワークス