車いすの座席、コンサート会場へリクエストすることは「公平ではなく、わがままではないか?」車いす利用者の家族の逡巡
高次脳機能障害を抱える母を幼いころからケアしているたろべえこと、高橋唯さん。ある日、車いすユーザーである母とコンサートに行くことに。車いすでの鑑賞は、チケットを取る段階から座席の問題まで、いろいろ悩みがあるという。母と行ったコンサートの実体験から課題や対策を考察する。
取材・執筆/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。https://ameblo.jp/tarobee1515/
車いすの母とコンサート鑑賞へ
先日、母の“推し”であるアーティストのコンサートを観に行ってきた。
母いわく、たまたまラジオを聞いていた時にこの人の音楽に出会ったとのことで、ファン歴10年以上になる。私が大学生のときに、たまたま地元の近くで開催されたコンサートに母を連れて行ったところ、大変喜んでくれたので、それ以降も母を連れて行けるような会場がないかコンサート情報をチェックしている。
母と一緒にコンサートやイベントに参加すると、いつも気になることがある。
「車いす使用、かつ目が離せない母はどうやってコンサートに参加するのが正解なのか?」
公平にチケットを取るにはどうすればいいのか?
まずそもそも、どうやってチケットを取ればいいのか。申し込み時に「車いす席をご希望のかたはお知らせください」と明記されていることもあるが、書いていないこともある。
母とコンサートに行くようになった当初、母は今よりも長距離を歩くことができた。しかし、階段を何段も昇り降りすることには不安があり、トイレも頻回だったため、事前に「出入り口近く、できればトイレに近い席でお願いします」と頼んでいた。
コンサート主催者は快く応じてくれていたが、他の人たちは抽選なのに、自分たちだけ席を指定してもいいのだろうかとモヤモヤしていた。
そこで、会場で車いすを借りて車いす席を利用すれば、他の人と席を交換してもらうかたちにならなくていいのではないかと思い、「車いす席の用意が可能か」と問い合わせることにした。
しかし、「車いす席のチケット販売方法を検討するので時間をください」と言われてから、次の連絡がくるまでしばらく時間がかかった。ネットでチケット販売ページを確認すると「残席わずか」と書かれていたのでヒヤヒヤしながら連絡を待っていた。
結局、車いす席だけ単独でチケットを販売してくださった。チケットが買えてよかったが、これも特別扱いのような気がした。
チケットは当選したが車いす席はどうなる?
今回のコンサートは、主催者に事前に問い合わせをしたところ、「通常通りチケットの抽選に申し込み、当選したら座席の番号を教えてほしい」とのことだったので指示に従った。
無事に当選のメールが届いたが、座席の番号はチケットを「発券」しなければわからない。チケットの抽選は複数回あるので、私はてっきり、私と母の分の席は別の場所に確保され、当選した座席は別の抽選に回されるのかと思っていた。そのため、メールが届いてすぐにチケットを発券して座席番号を確認し、主催者に伝えた。
主催者には、「私も母の隣か、母が目に入る位置で見たい」とも伝えていたが「付き添いの人が隣に座れるかどうかは当日に確認してほしい」とのことだった。
以前、他の会場で車いすの隣にパイプ椅子を用意していただいたことがあるので、今回も大丈夫かと思ったが、どうも様子が違う。
会場に着くと、母には車いす席が用意されていたが、スタッフのかたから「今日は他にも車いす席を利用する人がいるので、付き添いのかたは元々の当選した席で見てほしい」と言われた。母の席はひとつ空席になってしまったということか。
母の移動に手間取ってまたモヤモヤ…
車いす席は、当選した席の1列後ろだった。コンサート中に後ろを振り向くのも気まずいし、母は別のコンサートの時にひとりで車いすから立ってトイレに行こうとしたことがあったので、母が目に入る位置にいないと不安だった。
そこで、結局母には車いすから降りてもらい、元々当選していた席はそのまま空いていたので、母と2人横並びで観ることにした。
しかしその席は、1番通路側。トイレに行くにはいいが、終了後は母が退かないと奥の座席の人が通路に出られない。
車いすを座席の近くに置くこともできなかったので、コンサート終了後にスタッフに会場の外から車いすを運んできてもらうことに…。母の移動に時間がかかり、奥の座席の人を待たせることになり申し訳なかった。
移動にかかわらず、マイペースな母は悪気がなくとも周りに迷惑をかけてしまうことも多いので、日常の中ならばともかく、コンサートという非日常を楽しむ場所で周囲に迷惑をかけるくらいならば、連れて行かないほうがよかったのだろうか…とも思ってしまった。
そんな私の思いとは裏腹に、母は「わあ!近い!同じ空気を吸えるなんて!」と大はしゃぎだった。
みんなが公平にコンサートを楽しむためには
今回はたまたま当選していた席が車いす席の近くだったため、車いす席を使わなくても母と横並びで鑑賞できたという点ではラッキーだった。しかし、車いす席を使用していた場合、元々当選していた席より後ろの席で観ることになるので、ちょっと元の席が惜しい気持ちにもなったと思う。
これがもし最前列であればさらに惜しいし、私と母が元の席を使わずに車いす席を使うことで1番前の席が空席になってしまうのはもったいないような気もする。
逆に、1番後ろの席になってしまった人が、もっと前に行きたいという理由で車いす席を利用することもあり得るのではないか。
後ろの席になってしまった人は、車いす席が羨ましいかもしれないが、車いす席を使う人は、抽選をしても1番前の席になることはできないということになる。
今年4月から合理的配慮※の提供が義務づけられたが、お願いするほうとしても、これは頼んでもいいのか?公平ではなくわがままではないか?と悩むことも多く、どうすれば観客全員にとって素晴らしいコンサートになるのか、具体的な案は見つからない。
※令和6年に施行された「改正障害者差別解消法」。障害のある人もない人も、互いにその人らしさを認め合う共生社会の実現を目的とした法律が義務化された。
現時点で思うことは、チケット販売時に「車いす席を利用するかたはお問い合わせください」と書いてくださっているだけでもとてもありがたいことだが、どういった手順でチケットを申し込むことになるのか、車いす席は何席用意できるのか、付き添いは近くで観られるのかなど、最初から詳細を明記してくれたらなおありがたい。
コンサートは多くの人が関わって運営されていることや、会場の都合もあって、どうしても変えることが難しい部分も多いとは思うが、なるべくいろいろな人が楽しめるコンサートが増えていってほしい。
ヤングケアラーに関する基本情報
言葉の意味や相談窓口はこちら!
■ヤングケアラーとは
日本ケアラー連盟https://youngcarerpj.jimdofree.com/による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。
■ヤングケアラーの定義
『ヤングケアラープロジェクト』(日本ケアラー連盟)では、以下のような人をヤングケアラーとしている。
・障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている
・家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている
・障がいや病気のきょうだいの世話や見守りをしている
・目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
・日本語が第一言語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている
・家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている
・アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
・がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている
・障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている
・障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
■相談窓口
・こども家庭庁「ヤングケアラー相談窓口検索」
https://kodomoshien.cfa.go.jp/young-carer/consultation/
・児童相談所の無料電話:0120-189-783
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
・文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」:0120-0-78310
https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm
・法務省「子供の人権110番」:0120-007-110
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html
・東京都ヤングアラー相談支援等補助事業 LINEで相談ができる「けあバナ」
運営:一般社団法人ケアラーワークス