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《今も生き続けるメッセージ》稲盛和夫さんが65歳で出家して学んだ、「人生が必ずうまくいく」 “6つの修行”

 京セラと第二電電(現KDDI)を創業、経営破綻した日本航空(JAL)の会長として再建を主導し、「盛和塾」の塾長として経営者の育成にも注力した稲盛和夫さん(享年90、2022年8月逝去)。著書の累計が世界2800万部に及ぶ実績を残した稲盛さんだが、10代の頃はうまくいかないことも多かったという。そんな稲盛さんは65歳で出家。そこから学んだこととは? 生前、若い人たちに向けて語ったメッセージをまとめた新刊『「迷わない心」のつくり方』(サンマーク出版)よりお届けする。(2000年3月17日、多摩少年院での講演より)

教えてくれた人

稲盛和夫さん

1932年、鹿児島市に生まれる。1955年、鹿児島大学工学部を卒業後、京都の碍子メーカーである松風工業株式会社に就職。1959年4月、知人より出資を得て、資本金300万円で京都セラミック株式会社(現京セラ株式会社)を設立。代表取締役社長、代表取締役会長を経て、1997年から取締役名誉会長(2005年からは名誉会長)。また1984年、電気通信事業の自由化に即応して、第二電電企画株式会社を設立、代表取締役会長に就任。2000年10月、DDI(第二電電)、KDD、IDO の合併により株式会社ディーディーアイ(現KDDI 株式会社)を設立し、取締役名誉会長に就任。2001年6月より最高顧問となる。2010年2月には、政府の要請を受け株式会社日本航空(JAL、現日本航空株式会社)会長に就任。代表取締役会長を経て、2012年2月より取締役名誉会長(2013年からは名誉会長)、2015年4月に名誉顧問となる。一方、ボランティアで、全104塾(国内56塾、海外48塾)、1万4938人の経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長として、経営者の育成に心血を注いだ(1983年から2019年末まで)。また、1984年には私財を投じ公益財団法人稲盛財団を設立し、理事長(2019年6月からは「創立者」)に就任。同時に、人類社会の進歩発展に功績のあった人々を顕彰する国際賞「京都賞」を創設した。2022年8月、90歳でその生涯を閉じる。

「美しい心」をつくるために

 私は60歳になったら、心を静かにして、できれば宗教の勉強でもしたいと思っていました。死という新たな旅立ちの前に、できればお坊さんの真似事をするためにお寺に入り、しばらく仏教の勉強をしてみたいと思っていたわけです。

 ところが、60歳を過ぎてもなかなか余裕がとれず、予定から5年遅れの65歳になって、やっとその願いを果たすことができました。

 あとどれくらい生きられるかわからないけれども、多忙なままに仕事を続けていたのでは、いつまでも念願の出家を実現できないと思い、私がたいへん尊敬している臨済宗妙心寺派の西片擔雪(にしかたたんせつ)老師にお願いして、お寺に入れてもらうことを決めました。

 しかし、修行を始めようと思った矢先に胃ガンが見つかり、急遽手術をすることになってしまいました。そして、その手術日が、ちょうどお寺に入る予定日でもありました。

 ところが、手術をして胃を切り取ってもらったのはいいのですが、運悪く手術は失敗に終わり、入院先で苦しむことになりました。そのようにして、ようやく病院から出てきたとき、この機会を逃してはならないとお寺に行き、頭をそってお坊さんになったのです。

 なぜ、お坊さんになったのか。私は大会社の社長としてではなく、一人の人間として、少しはまともな人間になって死を迎えたいと思ったからです。ですから、お寺では真剣にお釈迦さまの教えを勉強しました。

 お釈迦さまは、優しい思いやりのある心を持つこと、つまり美しい心になっていくことを、「悟り」をひらくと言われ、またそのような人こそが、一番位の高い人間だとも言っておられます。

「美しい心」をつくる6つの修行

 人間が修行して立派な心になれば、想像もできないほどすばらしい人生がひらけていきます。心がきれいになるに従って、不幸も寄ってこなくなるのです。そのような「悟り」をひらく方法として、お釈迦さまは「六波羅蜜」(ろくはらみつ)という6つの修行があると説いておられます。

 最初にあげておられるのが「布施(ふせ)」です。

 お坊さんにお米やお金などを差し上げることを「布施」といいますが、その本質は「思いやり」であり、「優しさ」です。貧しい人がいたら、その人に何かを恵んであげようという優しさ、思いやりです。人間性を向上させていくには、まず人のために一生懸命何かをしてあげることです。

 お金があるから、施しができるのでは決してありません。何も持っていなくても、人のために身を粉にして尽くしてあげる。そのようなことがすばらしい人生を送るための最初の修行なのです。

 次は「持戒(じかい)」です。持戒とは、戒律を守ることです。

 人間は不幸にして、やってはならないことをついしてしまうものです。しかし、人間として、そのことを反省し、二度としないという誓い、決意のもとに、自分自身の新しい人生をつくっていかなければいけません。

 やってはならないことをするということは、私にもあることです。私も肉体を持っている人間だから、やってはいけないこともしたくなるときがあります。みなさんだけではありません。私も含めて、自分を抑える気持ちが少し緩んだとたんに悪さをしてしまう、それが人間なのです。聖人君子のように悪さをしない人など、一人もいないのです。

 しかし、だからこそ「してはいけない」と常に自分自身に言い聞かせなければならないのです。お釈迦さまも、そのような人間であるからこそ、「自分を抑えなさい。戒律を守りなさい」と我々を戒めているのです。

 次は「精進(しょうじん)」です。「一生懸命に努力をしなさい」ということを、お釈迦さまは「精進」という言葉で教えているのです。

 これは、誰よりも一生懸命に努力するということであり、また人生を怠けて生きてはいけないということです。仕事や勉強に一生懸命に取り組み、日々創意工夫を重ねていく、それも立派な「精進」なのです。

 次に、「忍辱(にんにく)」があります。これは、「耐え忍びなさい」ということです。みなさんも、人生で耐え忍ぶことが必要です。

 ひどい目に遭っても、それを恨むのではなく、ひたすらに耐えるのです。人生には必ず浮き沈みがあります。災難に遭うときもあれば、ひどい目に遭うときもある。そのようなときであっても、お釈迦さまは「耐えなさい」とおっしゃっているのです。

 人生には必ず逆境があります。それは、若いときであったり、また年をとってからであったり、人によりさまざまですが、そのような困難なときにこそ、それにじっと耐え抜くのです。その「耐える」ということを通じて、人間ができていくのです。

 だから、みなさんのような苦難に遭って、それに耐えた人と、そうでない人とでは、将来はまったく違ってくると私は思います。

 次は、「禅定(ぜんじょう)」です。みなさんも、ふと心を静かにし、過去を振り返ったりすることがあると思います。それを、仏教では「禅定」といいます。

 いうならば、1日1回でもいいから、「心を静かに保ちなさい」ということです。そうすれば、最後に「智慧(ちえ)」、つまり「悟り」に至ることができるというのです。

 今お話しした、「布施」「持戒」「精進」「忍辱」「禅定」「智慧」、お釈迦さまは、この6つのことに努めていきさえすれば、人生というのは必ずうまくいくと説いておられます。

「今からの人生をすばらしく生きなさい」

 先日、私の小学校の同窓会がありました。

 私は終戦の前年、1944年に小学校を卒業しているのですが、そのときの同級生から、「稲盛君、ぜひ出席してくれ。おまえが出ると我々も誇らしいし、話がはずんで楽しくなる」と言われて、何とか都合をつけて出席しました。

 同級生には、小さな商店を経営している人もあれば、サラリーマンを定年退職した悠々自適の人まで、いろんな人がおられます。みんな68歳のおじいさん、おばあさんばかりの楽しい集まりでした。子どもの頃を思い出しながら、みんなとワイワイしゃべり、翌日にはそのような思い出話を本にするというので、文章をまとめていたときに、当時級長だった人が、私にこんな話をしてくれました。

 彼は、私が受験に失敗した名門鹿児島一中に入学した秀才なのですが、彼が鹿児島一中の制服を着て学校に行くときに、私とすれ違ったことがあるそうです。そのとき、私が彼をにらみつけたというのです。「稲盛君がさも恨めしそうににらみつけたことを、私は今でも忘れない」と言っていました。

 けれども、私はそんなことはまったく覚えていません。しかし、「そんなことがあったかもしれないな」と思いました。

 当時の私は、「なんで私だけがこんなに運が悪いのだろう、なんでこんな目に遭わなければならないのだろう」とばかり思っていました。抽選でさえ私には当たらない、自分は本当に運が悪いと思い込んでいた、そんな自分に比べて彼は頭もいいし、いい学校にも行った、そのことを「うらやましい」と思っていたに違いありません。

 ところが、彼の話をよく聞いてみますと、彼は鹿児島一中に行ったあと、家が空襲で焼けてしまい、それ以降は戦災孤児などが集まった悪い連中の仲間に入り、相当悪いことをやり、その後の人生はうまくいかなかったというのです。

 途中で、さすがに「これではいかん」ということに気がついて、また勉強を始め、遅ればせながらも大学を出て、今日まできたと言っていました。

 私が言いたいのは、みなさんのように若いときに苦難に出遭っても、挫折を経験しても、絶対にへこたれてはならないということです。

 それは、神さまが与えてくれた「成長の糧」だと考えることです。神さまはそういう苦難をみなさんに与え、それを糧にして、「今からの人生をすばらしく生きなさい」と励ましておられるのです。そんなすばらしい経験をさせてもらえる人はそう多くはいないのです。

 今日、私の話を聞かれてから20年くらい経って、みなさんが40歳ぐらいになられたそのときに、この中からすばらしい経営者や、すばらしい学者が出ても、私は決して不思議ではないと思うのです。

 こんな苦難を経験したからこそ、今からの20年間をみなさんが必死にがんばれば、そのような苦難を経験せず、さして努力もしなかった人とは、人生という長丁場ではすさまじい差がつくはずです。それくらいすばらしい経験を、今みなさんは積まれているのです。

 だから、現在の自分の境遇を恨んだり、将来を悲観する必要は毛頭ありません。

 しかし、自分が今まで犯したことは、十分に反省しなければいけません。過ちは二度と繰り返さないという反省を糧に努力さえすれば、一般の人が漫然と過ごす人生より、結果としてはるかにすばらしい人生を送れる資格がみなさんにはあるのです。

 神さまはみなさんの未来に、すばらしい幸運を授けようとしておられるのです。

 みなさんがそれを受け取られるのか、受け取られないのか、それはみなさんの今日からの心構え、みなさんの心の状態次第なのです。

 今日生きていることに感謝し、先生方に教えていただいたことに感謝し、そして一刻も早くここを出してもらったなら、ぜひ社会で誰にも負けない努力を重ねてください。そうすれば、みなさんが想像もしないほどのすばらしい人生がひらけてくるはずです。

 これで、私の話を終わります。

 まだまだ寒い日が続きますので、どうぞ風邪をひかれないよう注意していただき、がんばってくださいますようお願いいたします。

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