「蚊にさされやすい人」本当にいるのか? 虫さされの真実を第一人者が徹底解説
「あぁ鬱陶(うつとう)しい!」と追い払っても仕方ない。次から次に“彼女たち”は飛んでくる。敵を知り、己を知れば、なんとやら。「虫さされ」の研究に、文字通り“心血”を注いできた専門家に「蚊との正しいつきあい方」を聞いてきた。
≪叩かれて 昼の蚊を吐く 木魚かな≫(夏目漱石)
≪蚊の入りし 声一筋や 蚊帳の中≫(高浜虚子)
まもなく夏本番。お盆の法事の最中に、はたまた暑苦しい熱帯夜に、耳元でぷーんと飛ぶ蚊が、あぁ憂鬱(ゆううつ)。
ところで、漱石と虚子が詠んだ蚊は「種類が違う」って、ご存じでした?
「昼と夜では、私たちの血を吸う蚊が違うんです。ほら、よく見てくださいね。昼に屋外でさすのは、白黒の縞模様の『ヒトスジシマカ』。夜の寝室を襲うのは、赤っぽい色の『アカイエカ』です。彼らはですね…いや、正確に言うと、“彼女たち”は、同じハエ目カ科の中でも、それぞれヤブカ属、イエカ属に分類される、まったく別の種なのです。なぜ“彼女たち”と呼ぶのかって? 血を吸う蚊は、ぜんぶメスだからですよ。産卵のための栄養を得るために吸血します。夏以外はオスとともに樹液や果物の汁、花の蜜などを吸っているんです」
O型はさされやすい傾向はあるが、ほかの要因の方が重要
なんともマニアックな解説を熱っぽく語るのは、“ドクター夏秋(なつあき)”こと、皮膚科医で兵庫医科大学准教授の夏秋優(まさる)さん(59才)。
「虫さされ」の第一人者として知られ、その研究姿勢は超ストイック。自分の体を実験台にして、わざと蚊に血を吸わせ、研究をするという“虫クレイジー”だ。
「蚊にさされやすい人、さされにくい人」というと、巷(ちまた)では「O型はさされやすい」「A型はさされにくい」など、「血液型説」が知られている。
「血液型については、科学的には『O型はさされやすい傾向はあるが、ほかの要因の方が重要』というのが結論。蚊が吸血する大きな要因は、『炭酸ガス』と『体温』だとわかっています。太っていて、いつもハアハアと荒い息をしている人は、吐く息の二酸化炭素によって蚊を寄せつけやすい。また、体温が高い人、肌が汗で濡れている人の方が吸血意欲を高めるようです。子供と大人なら、子供の方が新陳代謝が活発で多くの炭酸ガスを発生しているからさされやすく、男女差はありません」(夏秋さん・以下同)
血液中のアミノ酸や汗の中の乳酸、肌の色、体の動きなども蚊の誘引性に影響するといわれ、皮膚の常在菌の種類と「さされやすさ」の関連を示すデータもあるという。
人には、蚊にさされた後の反応が3パターンある
夏秋さんが「皮膚科医でも知らない人が多い」と話す「虫さされの秘密」がある。
「実は、人間は蚊にさされたあと、『すぐにかゆくなる人(即時型反応)』『1~2日後からかゆくなる人(遅延型反応)』『かゆくならない人(無反応)』に分かれます」
どういうことか。
蚊にさされてかゆくなるメカニズムとは
そもそも蚊にさされてかゆくなるのは、蚊が吸血する時に血が固まらないよう「唾液腺物質」というものを皮膚内に送り込んでおり、それが人体でアレルギー反応を起こすことによる。
「初めて蚊にさされた新生児は唾液腺物質に免疫がないため無反応です。複数回さされると遅延型反応が起きるようになる。その後、幼児期から青年期にかけては遅延型反応と即時型反応の両方が起きるようになり、壮年期にかけては即時型反応だけになる。老年期になると、再び無反応になるというように、ステージが進行するんです(下表参照)」
【蚊にさされた時の反応ステージと一般的な日本人の年代】
●ステージ1…無反応/新生児期
●ステージ2…遅延型反応のみ/乳児~幼児期
●ステージ3…遅延型反応と即時型反応/幼児~青年期
●ステージ4…即時型反応のみ/青年~壮年期
●ステージ5…無反応/老年期
さされてもかゆくならない高齢者がいる
つまり高齢者はさされてもかゆくならない人が一定数いるということになる。しかもこの「年代」は、標準的な日本人が蚊にさされる累積回数を想定したもの。たとえば、熱帯地方の島で肌を露出して暮らす人たちはさされる回数が格段に多いため、子供でもすでに無反応のステージになっていることもある。
「日本は衛生面が発達し、蚊にさされる機会が減ったので、高齢者になってもまだかゆみを感じる人が増えています」
ただし、“蚊の種類が違えば、獲得できる免疫も違う”というから複雑だ。たとえば、前述したアカイエカの免疫が「ステージ5」になっていても、ヒトスジシマカは「ステージ2」ということもある。
「たとえば、北海道にはヒトスジシマカが生息していません。生まれてからずっと北海道にいて、初めて東京に出てきた人がヒトスジシマカにさされた時の反応は、最初のステージからスタートします」
つまり、“自分はさされにくい”という人が、実はさされているパターンも多いのだ。
「祖母が孫を公園に連れて行って『孫ばかりさされてかわいそう』と思うのは、勘違いかもしれない。自分もさされているのに、かゆくならないのでさされたことに気づいていないだけ、というわけです。かゆくなくてもデング熱やマラリアなどの伝染病リスクは変わりませんので注意してください」
蚊にさされない方法とは
では、さされないためにはどうすればいいのか。
「忌避剤、つまり『虫よけ』を効果的に使うしかない。スプレー剤をおおざっぱにかける人が多いですが、きちんと手で塗り伸ばして、薬が塗られていない部分を完全になくすように努めてください。虫よけの有効成分は『ディート』と『イカリジン』の2種類。昆虫が吸血するためのセンサーに結合して攪乱(かくらん)し、虫がどこを吸っていいかわからなくさせる作用があります。蚊だけでなくブユ、ダニ、ヤマビルなどの吸血生物にも同じ効果があります」
つまり虫は、虫よけスプレーのにおいを避けるわけではなく、塗られている表面の血を吸えなくなるので、少しでも肌に塗り残しがあれば、そこは蚊の餌食になってしまう。
「蚊は、薄い服の上からでもさします。マダニなどはズボンのすそに付着し、肌を上ってきて吸血することがある。だから、服や靴の上にも虫よけをスプレーしておきましょう。ただし、『ディート』はプラスチックや合成繊維を傷める性質がある。ストッキングや化繊の服の上に使用するなら、繊維を傷めない『イカリジン』が配合されているものを選びましょう」
蚊にさされない方法まとめ
・「虫よけ」を効果的に使う
・スプレー剤をかけた後、きちんと手で塗り伸ばし、薬が塗られていない部分を完全になくす
・服や靴の上にも虫よけスプレーをする
「アンモニアでかゆみが止まる」の嘘
それでもさされてしまった場合、かゆみをおさえる方法はあるのだろうか。
「結論から言うと、蚊にさされてかゆくなったら、すでに蚊の唾液腺物質によるアレルギー反応が起きてしまっているので、対症療法しか残されていません。昔から、“アルカリ性の石けんやアンモニアで洗うと中和されてかゆみがとれる”といわれますが、根拠はない。すでに皮膚内でアレルギー反応が起きているので、表面をいくら洗っても無意味です」
つい、腫れた部分に爪でバッテン印を押しつけたくなるが、意味はあるのか。
「これは、“かゆみ”より“痛み”を感じさせ、気をそらすだけです。かゆみのメカニズムをなくすわけではない」
ちなみに虫さされ薬の『キンカン』には、とうがらし成分が含まれている。
「これも同じように、とうがらしの成分で感覚を麻痺させてごまかしているんです。素早くかゆみを止めるには、『冷やす』のが最も効果的です」
ハチには要注意!香水、黒い色、口で吸い出すのはNG
蚊よりも、夏に怖いのはハチ。大型のハチの場合、人命にかかわることもある。
「まずは巣に近寄らないこと。キイロスズメバチやコガタスズメバチは樹上などに巣を作りますが、オオスズメバチ、クロスズメバチは土中に巣を作るので、誤って踏まないよう、注意してください」
もし自宅の周辺で巣を作られてしまったらどうすべきか。
「ハチはとにかく殺虫剤に弱い。小さい巣なら、夜に殺虫剤をスプレーすれば一網打尽にできます。昼間は外に出ているハチがいますが、夜はその巣の“構成員”全員が巣に戻っています」
もちろん大きい巣は危険なので駆除業者に相談しよう。
「ハチにさされたくないなら、刺激する香水はNG。黒い色を攻撃する習性があるので、白い帽子を被ってください。もし1匹にさされたら刺激せぬよう、静かにゆっくり、その場を離れてください。近くの巣から仲間のハチが次々に襲ってきます。まずその場を離れることが先決です」
さされたら「ポイズンリムーバー」と呼ばれる毒を吸い出す器具が売られているので、それを使おう。だいたい2000円程度で購入できる。
「口で吸い出すと、口の中の傷からハチ毒が入って全身にまわってしまいます」
正しい知識で楽しい夏を。
※女性セブン2019年7月4日号
●梅雨バテからの暑さに要注意!医師が教える高齢者の健康トラブル対策