兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第239回 なんと今度は引き出しの中にお尿さまが!】
若年性認知症の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが綴る2人の日常は、連載の回を追うごとにもはや日常というワードはあてはまらいないような状況になってきています。家の中で発生する度重なる兄のトラブル行動にまったく気が休まるときがないマナミコさんですが、その胸中をお察しするに余りあります。
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「四六時中、兄のことを考えてしまいます」
兄が要介護3の認定を受けて1年が経ちました。まだたった1年なのか…というのが正直な感想でございます。年々時が経つのが速くなり、お正月はあっという間にやってくるのに、要介護3の介護生活はなぜか1年が5年にも6年にも感じます。
さて、兄は今回、食器棚の引き出しめがけてお尿さまをされまして、あろうことか引き出しが閉まり切っていなかったようで隙間から中に入りこんでおりました。小皿にはお尿さまが溜まり、伏せたお碗がわずかにお尿さまに浸ってしまって心がシナシナになっていくのを感じました。
2段分の引き出しの中身を全部出して拭き清めたわけですけれども、ここまでアチコチでやられると、さすがに諦めムードと申しましょうか、潔癖の感覚も麻痺してまいります。「どんなにキレイにしてもどうせまたすぐやられるんだから」と消毒殺菌がどんどん雑でいい加減になってしまいます。
どれだけ兄に人の道を説いても馬の耳に念仏。反省したとて一瞬のことでございます。次なる一手はやはり紙オムツでございましょうか。こんなことなら、母の介護で購入していた未開封の紙オムツをキープしておけばよかった…。
と、ケチくさいことを考えていると、市の健康福祉局から兄宛に「電気・ガス・食料品等価格高騰緊急支援給付金のご案内」が届きました。なにやら非課税世帯は申請すると7万円が入金されるようでございます。7万円は大きなお金でございます。介護保険負担限度額認定証(第2段階)を所持する兄ならば、ショートステイ4泊5日を7回も利用できてしまうほどの大金。これはみなさまの税金。謹んでありがたく使わせていただこうと思っております。
わたくしの頭は、知らず知らずに兄のことばかり考えてしまいます。日々の時間の使い方が兄中心になっているのでございます。三度の食事は兄の食べやすいものを考え、天気が悪いと、今日の兄の洗濯物をどこにどう干し、明日も同じように出る洗濯物はどう乾かせばいいかを考え、家で仕事をしていても「キッチンやリビングで排泄しないで~」と祈りまくっております。外出から帰宅する際には排泄物で大惨事になっていることを想定しますし、朝起きて部屋を出るときもお尿さまが足元にあることを覚悟いたします。
昼間テレビを見ているだけの兄にも気が散っております。「靴下を脱いじゃってるな~」、「コーヒーカップを床に置いちゃってるな~」、「またキッチンでガサゴソ物色している~」、「お尿さましそう~」、「トイレにラップが浮いている~」、「スプーンがない、お皿がない」、「パンが股間に入ってる~」…などなど。はちゃめちゃでございますから常に「まったくもう」という愚痴と「どうしたら防げるだろうか」という思いと「こういう運命なんだから仕方ない」という諦めの言葉で頭の中が占拠されるのでございます。
わたくしが兄のことを考えないのは、取材をしている間と、週に1度の一人カラオケ没頭タイムと、原稿に集中できるほんのわずかな時間だけ。もう少し兄のことを考えない時間を増やさなければいけないと我ながら思っております。
夕べは久々に夢を見ました。笑顔の男性に追いかけられる怖い夢でございます。明け方4時半に目覚めてしばらく心臓が痛いくらいにバクバクしておりました。これはやはり、何かの、精神的な、あれでしょうか。こうやって人は睡眠不足になるのかもしれません。でもわたくしは滅多に夢を見ないのでたぶん大丈夫。数日後には兄の4泊5日のショートステイもありますし、いろいろとだましだまし、のらりくらりとやっていければなぁと考えております。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
●兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第237回 ある朝、炊飯器に…」