猫が母になつきません 第386話「どうしつ_その2」
「たすけてーっ」。そんな声が聞こえたら普通なら事件ですよね。駆けつけます。女優だったお向かいさんに替わって同室になった患者さんはいつ行ってもカーテンの中から「たすけてー、だれかー」「どうすればいいのー」「すみませーん」と助けを呼んでいました。私もかなり病院なれしてきて、こういう状況にびくともしなくなっており、その患者さんが叫びつづけて看護師さんに諌められて一旦おとなしくなって5分もしないうちにまた同じように助けを求め始める間も淡々と母の世話をしていました。面会制限で時間が15分までと決められていたので、さっさとやらないと間に合わないという事情もありましたが。
でもふと想像してみました、自分が一日中助けを呼ぶ生活をしているところを。助けはたまにしか来ない、来ても問題は解決されない、どうしていいかわからない、また助けを呼びつづける…つらすぎました。しかし私がお向かいさんにしてあげられることは何もないし、病院内で他人が無責任にかかわることはできませんでした。
ある日、私が母のベッドをいつものようにコロコロしているとお向かいさんの助けを求める声に応えて看護師さんがやって来ました。「どうしたの?トイレは行かなくても大丈夫だから。なにか不安なの?」「…はい」心細そうに患者さんが答えると「しかたないでしょ、身寄りがないんだから。誰も来ませんよ」。ふー、助けが来たと思いましたがよけいつらくなりました。ちょっと口調がきびしかったので看護師さんがカーテンの向こうにいる私の存在に気づいていないらしいことも私をつらくさせました。どこの病院に行っても認知症の患者さんが多く、看護師さんは本当に大変そうです。少し静かにしてほしい、そう思うのは当たり前ですし、他の患者さんの迷惑になります。もしかしたら昏睡状態の母にもその声は聞こえていたかもしれません。
誰かが「たすけてー」と叫んでいても無視される世界…それが今珍しくないことをどう考えればいいのでしょう。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。