猫が母になつきません 第385「どうしつ_その1」
母の入院中、救急で運ばれた日は個室でしたが、状態が落ち着いてからは4人部屋になりました。母のいたフロアは高齢者がほとんどで同室は高齢者の女性ばかりでした。私は面会に行くといつも母の枕のまわりに落ちている髪の毛をお掃除用の粘着テープでころころ。体が弱りはじめてから抜け毛が多くなっていました。ある日お向かいの患者さんのカーテンが開いていて、私を看護師さんだと思って退院するので車を呼んでと言われました。「バスがあるかしら?タクシーがいいわね?」帰り方をいろいろ相談されましたが退院の準備ができているようには見えませんでした。会話に気がついた看護師さんが「〇〇さん、まだ退院できませんよ」と声をかけてくれましたが、その声は患者さんの耳には入っていないようでした。私が「まだみたいですよ、もうちょっと待ってたほうがいいみたいです」と言うと「あら、そうなの?」と案外あっさり引き下がってくれましたが同じような会話はその後も続きました。とても上品な感じの女性でしたが、その前日には閉まっているカーテンの向こうから「いやよーっ!なんてことするのーっ!」とオムツ替えを拒否して大暴れしているのが聞こえていました。母がもし昏睡状態でなかったらどんな反応をしていたんだろうと思います。そのお向かいさんに面会の方が来ていたことがあって、様子からするとたぶん娘さんかお嫁さんなのですが、その時のお向かいさんは極めてしゃんとしていて会話もまったくふつう、かえりがけには「あなたも気をつけなきゃだめよ」と注意を促すほどのしっかり。その別人ぶりに、きっとその面会者はお向かいさんにとって身内であっても同居はしていない「緊張感のある」もしくは「甘えられない」間柄なのだろうなと思いました。「私は大丈夫」な演技ができる一方でおむつ替えで大暴れ、からの上品に「お車呼んでくださる?」。お向かいさんは女優でした。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。