連載

認知症介護のイライラを軽減!「忘れる」を利用した優しいウソ

 盛岡に住む認知症の母を東京から遠距離で介護している、介護ブロガーで作家の工藤広伸さん。祖母や父の介護や介護離職の経験もある。工藤さんが介護に取り組む中で身につけた介護術は、アイディアに溢れすぐに役立つと評判だ。また、全国各地で開催される講演会も盛況で、工藤さんの心の持ち方に共感する人が続出。

 当サイトでも、連載で工藤さんから介護の心得を教えてもらっている。今回は、ちょっと切ないお話。

 介護中のイライラを軽減し、親子が衝突することなく生活するために、工藤さんが行った工夫とは?

 母とわたしは大きなケンカをすることもなく、ずっと仲のいい親子関係を保ってきました。そのため、わたしが悩みを抱えたときは、無口でケンカの多かった父ではなく、母に必ず相談してきました。

 母が認知症になってから、相談することはほとんどなくなってしまいましたが、今までどおり仲のいい親子関係を保ちたいという思いはあります。しかし、認知症の症状がもたらす、現実離れした妄想や思い込みが原因で、時折ケンカになってしまうことも。

 こうした言い争いを避けるために、わたしが介護で行っているある工夫を、今日はご紹介します。

食器の整理ができない…でも食器は捨てたくない母

 母は料理が得意でしたが、今は限られたレパートリーしか作ることができません。それでも、自宅にお客さんが遊びに来たら、料理をもてなしたいという思いは消えていません。

 介護が必要な母に会いに来るのは、わたしたち家族や医療・介護職の方がほとんどで、お客さんが来て、料理をもてなす機会はもうありません。そのため、母とわたしの2人分の食器があれば十分なのですが、母に必要のない食器を捨てたいと言うと、

「孫たちが遊びに来て、料理を作ることがあるかもしれない」「親戚がたくさん来たときのために、食器は捨てないで」

と必ず言います。

 母のそうした思いも分からないではないので、4年ほど、食器を捨てずにそのままにしておいたのですが、そのことで新たな問題が浮上しました。

 母の認知症の症状が進行したことで、食器の整理整頓ができなくなりました。例えば、小さなご飯茶碗の上に、大きなラーメンどんぶりを不安定に重ねたり、違う種類の食器を重ねたりするので、わたしが並べ直すこともありました。

 食器棚の引き出しにあるたくさんの箸の上に、お皿を無造作に置いてしまい、箸が取りづらくなってしまったり、使用済みのお皿を洗い忘れ、汚れたまま食器棚に戻したり、母が必要としているお皿が見つけられなかったりして、親子で探したり…といったことも。

 必要のない食器を整理すれば、母も食器を探しやすくなります。不安定に皿を重ねることもなくなり、皿の洗い忘れも減るかもしれません。しかし、母に皿の整理を正面から打診しても、受け入れるとは思えません。

 そこで、このような方法を試してみました。

母がデイサービスに行っている間に食器棚を整理

 母をデイサービスに送り出したあとで、わたしは食器棚の整理を始めました。5人分のお皿は、必要な2、3枚だけ残して、倉庫に片付けることにしたのです。母が使っていると思い込んでいる(実際は使っていない)急須や湯飲みなども片付け、生活に必要な食器のみを残しました。

 食器を整理したことで、必要な食器がすぐ取り出せるようにはなったのですが、家族の思い出が詰まっていた整理前の食器棚と比較すると、かなり殺風景な食器棚になってしまいました。

「デイサービスから帰って来た母が、食器棚の違いに気づくだろうか?いや、今の母なら、全く気づかないかもしれない」

 わたしは、そんなことを考えながら食器を片付け、デイサービスから帰ってきた母の様子を観察しました。結局、母は食器棚の変化に気づくことなく、いつもどおり夕食の準備を始めました。

 数日後に、母から「食器がなくなっている!」とか「わたしが使っていた湯飲みはどこ?」と言われるかもしれないとドキドキしながら待っていたのですが、何日経っても指摘されることはありませんでした。

 食器棚を整理できたおかげで、母と食器探しをする必要がなくなったことは良かったのですが、これだけ大きな食器棚の変化に気づくことができなかった母に、寂しさを感じずにはいられませんでした。

「忘れる」をうまく利用することで介護がラクに

 認知症の人は記憶そのものを忘れるのではなく、記憶の引き出し方が分からないだけと言う医師もいます。母もまれに、記憶をうまく引き出すことができることもあるので、忘れてしまったとしても、すべてのことをきちんと伝えたほうがいいと思うこともあります。
 
 一方で、自分の認知症介護をよりラクにするために、母の「忘れる」症状を利用するということもあります。母がいない隙に食器を整理することもそうですし、失禁対策用の「防水おねしょシーツ」も、母に伝えずに使い始めました。

「ずっと前から、このシーツ使っていたよ」と母にウソをついてしまったのですが、これも母の「忘れる」という症状を利用した、介護の一例です。

 汚れたシーツを洗濯し、布団を干す手間が省けることで、わたしの介護時間は大幅に短縮されます。おかげでわたしはイライラせずに済みますし、母と良好な親子関係を維持することができます。

 わたしも多少の罪悪感は持ち合わせているのですが、親子ゲンカをしなくて済むのなら、「忘れる」を利用して介護することは、決して間違いではないと思っています。

まとめ

●母の外出中に食器棚の整理をした
●整理後、母は食器棚の中が変わったことに気付かなかった
●防水おねしょシーツを前から使っていたとウソを付いて使用
●「忘れる」という認知症の症状をうまく利用してみる

 今日もしれっと、しれっと。

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工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/

●お知らせ

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