60代は要注意!老人性うつ「自分には価値がない、お金がないと過剰に不安になる」症状や対策を医師が解説
認知症かと持ったら「老人性うつ」と診断された――。「国内のうつ病患者は約120万人ですが、そのうち4割は60才以上の老人性うつです」とは、医師の長谷川洋さんだ。認知症と老人性うつは、症状は似ているものの、両者はまったく別の病気であり、発症しても本人も周りも気がつきにくいという。症状や家族の接し方、回復期の過ごし方など、老人性うつの対策を医師に解説いただいた。
教えてくれた人
長谷川診療所院長 長谷川洋さん
精神科医 和田秀樹さん
「老人性うつ」は無意識のうちに進行する
年を重ねるほどに発症リスクが上がるのにもかかわらず、見つけづらく無意識のうちに進行していく――。老人性うつに体を蝕まれないためにまずすべきは、早期発見のためにどんな症状が出やすいか知っておくこと。
昨年末、老人性うつと診断された都内在住の遠藤恵さん(63才・仮名)が振り返る。
「その日にあった嫌なことや過去の失敗が頭の中をぐるぐるめぐって、なかなか寝つけませんでした。考えないようにしよう、もう忘れようと思えば思うほど、ますます眠れなくなるので本当につらかったです…。ちょっと寝入ってもすぐに目が覚めてしまい、起きたときに息苦しさを感じたり、汗をびっしょりかいていることもありました」
長谷川診療所院長の長谷川洋さんによると、遠藤さんのような状態は「老人性うつの典型的な症状」だという。
「うつ気分と体調不良の2つの要素があり、これらが複合的に絡み合って、ひどいマイナス思考に陥るのが特徴です。体調面では頭重や肩こり、吐き気、めまい、疲労感、朝起きたときからだるいなどの症状が現れますが、特に多いのは食欲不振と不眠です。食欲不振は、頭の中が常に不安や後悔にとらわれているので、食べたいという意欲が低下してしまうのが原因。不眠は場合によっては過眠になることもあります」(長谷川さん)
症状の特徴「自分には価値がない」微小妄想も
そういった症状をやわらげようと、お酒を飲んで気を紛らわせようとする人も少なからず存在するが、それは危険だと高齢者専門の精神科医として6000人以上の患者と向き合ってきた精神科医の和田秀樹さんは指摘する。
「お酒は精神を安定させる働きを持つセロトニンの分泌を減らします。ストレスを発散しているつもりが、かえってうつの症状を進行させてしまうのです」
認知症では「物盗られ妄想」などの精神症状が現れることがあるが、うつでも「妄想」はよく起こる。
「多くみられるのは物覚えが悪くなったり、これまでできていたことができなくなることで自信をなくし、“自分には価値がない” “劣っている”と思い込む『微小(びしょう)妄想』です。
ほかにも、自分は周囲に迷惑ばかりかけていると考えてしまう『罪業(ざいごう)妄想』や、それほど深刻な病状でもないのに“不治の病にかかってしまった”と思い込む『心気(しんき)妄想』、“お金がない”と過剰に心配してしまう『貧困妄想』などが代表的です」(長谷川さん・以下同)
そうした妄想が続き、「生きていても仕方がない」「死んでしまいたい」という「希死念慮」につながるのだ。
「老人性うつの患者は、若い人のうつ以上に“死んでしまいたい”という気持ちが強くなるのが特徴です」
実際、厚生労働省が発表した「令和4年中における自殺の状況」によると、60才以上の自殺者数が全体の4割ほどを占めている。
「また老人性うつのなかでも、男性よりも女性の方が、自殺者数が多いです。私が多くの患者を診てきたなかで感じたことですが、女性は家事などをひとりでやってきた自負からか人に頼らずひとりでがんばってしまう傾向が強い。その結果、孤独を抱え込んでしまうことが多くなるのです。
また、定年後の男性の方が会社というコミュニティーから外れた結果、人間関係の変化でうつになりがちだといわれていますが、女性の方が地域のコミュニティーなどもともと人とのつながりが多くある分、年を重ねて死別するなど喪失体験も多くあります。そういった関係で、女性の自殺が多いのかもしれません」
老人性うつとアルツハイマー型認知症の見分け方
最悪の場合、命まで奪っていく恐ろしい病気である老人性うつ。しかし一方で、機能的な回復が難しい認知症とは異なり、早期に見つけて適切に対処すれば改善が可能だ。
老人性うつとアルツハイマー型認知症の見分け方
★老人性うつ
・深刻さ…あり
・物忘れ…自覚し、強く訴える
・生活への支障…何もできないと訴えるが、実際には自分で身辺整理が可能なことも多い
・買い物…買い物に行かなくなる
・会話のテンポ…返答に時間がかかる
★アルツハイマー型認知症
・深刻さ…なし
・物忘れ…自覚していない、無関心
・生活への支障…日常生活にしばしば介助を必要とする
・買い物…同じものを何度も買ってしまう
・会話のテンポ…保たれている
出典/長谷川洋さんの著書『60歳から知っておきたい 認知症ではなく「うつ」だと知るための50の
こと』(徳間書店)
老人性うつを疑ったとき、まずすべきなのは病院へ行くこと。特に高齢者のうつと認知症を厳密に区別するのは容易ではないため、決めつけずに受診する姿勢が大切だ。
「長年にわたってその人の状態を見ている人でなければ、心身の変化がわからない場合があるので、家族と一緒に受診するのが重要です。まずは精神科を受診し、うつかどうかを診断してもらってください。そこでうつの治療をしながら、認知症の可能性も否定せずに経過を観察しましょう。診断が下った後は薬を処方してもらい、しっかり睡眠をとれるようにすること。症状によっては睡眠導入薬のほか、抗不安薬、抗精神病薬、気分安定薬などを併用します。希死念慮が切迫している人には脳を刺激して機能回復を促すため『電気けいれん療法』などを用いる場合もあります」
ただし治療をして、回復に向かったからといって安心できないのが、うつの厄介なところだ。
「希死念慮や実際に命を絶とうとする『自殺企図』は重症のうつだけでなく、うつの初期や回復時にも出ます。“これだけしか回復できないのか”と不安になり、“もうダメだ、死のう”となってしまう。むしろ重症のときの方が、死にたいけれどどうすればわからずに動けなかったり、体の苦しさに対峙することで精一杯になったりして、自殺を考えつかないこともあるのです」
家族の接し方「がんばれ」は禁物
家族の接し方も重要なポイントで、特に「“がんばれ”は禁物」だと和田さんは言う。
「うつはがんばれない病気です。感覚的にはうつの人は39℃の熱が出て、それがずっと続いているようなもの。周りの人も、熱を出している人に対するのと同じように優しく接してあげてください。ご飯が食べられないと言ったら“おかゆにしてみる?”と聞くような感覚で接するのがいいです」
誰もがかかる可能性がある老人性うつだが、予防する方法も知っておきたい。和田さんはこうアドバイスする。
「まずは太陽の光を充分に浴びること。『幸福物質』と呼ばれるセロトニンの分泌が増え、心の疲れが軽くなるうえ睡眠に関係するメラトニンというホルモンの分泌を促し、体内リズムを正常に保ってくれます。特に日照時間が減っていくこの時期は意識して光を浴びましょう。
食事ではセロトニンのもとになるトリプトファンの多いたんぱく質を摂取することも有効です。おしゃべりしたり、好きなことをして楽しむこと、恋愛やアイドルの追っかけをするのもいい。女性の場合は肉を食べると女性ホルモンの分泌が増えるので、肌艶がよくなり、骨粗しょう症の改善など老化予防にもつながります」
年を重ねて感じる体の衰えを気にしない「ポジティブシンキング」も肝要だ。
「5分前の会話を忘れていても、“ど忘れだから別にいいや”と思って会話を続ければいい。小さなことは気にせず、楽しいことを考えて行動することが、うつやうつから認知症への移行を防いでくれるのです」(和田さん)
まずは知ることが、何よりの老人性うつの予防になる。
※女性セブン2023年12月14日号
https://josei7.com/
●精神科医・和田秀樹さんが教える「60代うつ」を乗り越える方法 日常生活に現れる兆候のチェックリストも