連載

86才、一人暮らし。ああ、快適なり【第41回 永遠の美女を探せ!】

 若者を中心に話題を呼び、一世を風靡した伝説のカルチャー雑誌『話の特集』を創刊し、30年にわたり編集長を務めてきた矢崎泰久氏に、86才になった今の暮らし、生き方などを連載で寄稿していただくシリーズ、今回のテーマは「永遠の美女」。

 矢崎氏が、これまでの人生で袖触れ合う縁を持った女性たちに思いを馳せる…。

 * * *

好きな女性をなるべく大勢、記憶の中に登録する

 気候が良くなると浮き浮きする。これは老人でも同じだ。それがなくなったら、さっさとあの世へ行きなさい。

 しかし、浮かれてあちこち出かけていては体力がもたない。近頃、私は或る作戦を練っている。これがなかなか楽しくもあり、実用的なのだ。

「永遠の美女」という言葉がある。

 大抵は、スクリーン上の絶世の美女が多いが、愛妻でも愛人でも、テレビ画面にしばしば登場する美女でも。つまり、どなたでもよろしい。そして、美貌と魅力的な肢体をゆっくり思い起こしてみる。

 自分のファイルノートに、記憶の中に、好きな女性をなるべく大勢登録する。ずっと秘密にしてきたが、これほどの財産は他にはない。そう断言します。

 とにかく片っ端から思い出して、記憶に留める。そのためのメモを作っても良い。

 とかく名前を忘れがちだから、スクリーン上の美女だけでも最初に列記しておこう。

 私が思い浮かべる順では、マルティーヌ・キャロル、ブリジッド・バルドー、ジーン・セバーグ、ジャンヌ・モロー、ジャクリーン・ビセット、ジーン・シモンズ、カトリーヌ・ドヌーヴ…、ああ、キリがないのがヨーロッパの女優たちだ。

 アメリカでは、オードリー・ヘップバーン、キャサリン・ヘップバーン、マリリン・モンロー、ペティ・ハットン、キャンディス・バーゲン、グレース・ケリー、アン・バクスター、ミア・ファロー、ミシェル・ファイファー…、これまたキリがない。しっかり記憶に留めておこう。

 さて、日本の女優となると、私のように枯れてしまった老人にとっても、まだ付き合いがかすかに続いているので、公開出来ない。少なくとも10人以上いる。すでにあの世に旅立った人もいるが、私の頭の中に住んでいる女優は皆、溌剌(はつらつ)としている。とてもインティメートだ。つまり、とても身近な存在でもある。

 こうした遠近ともどもの永遠の美女たちは、ひとまず脇に置くとして、交際を密にした多くの女性たち、妻たち、恋人たち、友人たち、長短の違いはあっても、一期一会も含めた何等かの関係を、深く浅く持った女性がファイルに満ち溢れている。次第にワクワクしてくるではないか。とても嬉しい。

 これらの思い出が貴重なのは、その親しい様々なシーンを共有してくださったことにある。

 軽くではなく、比較的重く、心をこめて。感謝と愛情の混じった友情を強く今も持ち続けていることだ。

 いつか、脳が衰えて、ひとつのシーンを思い浮かべようとしても、それが出来なくなる時が訪れるに違いない。でも、まだ大丈夫だ。それどころか、どんどん細部を思い出すことが最近は殊に可能である。何故だろうか。

 輝いていた雨の日、旅の宿、いろいろな出来事、言葉とその情景、せせらぎの音、風に靡(なび)く髪、忘れない笑顔、そして涙。それらの総てが私の素晴らしい財産なのだ。

老いを悲しんでも何の楽しみもない

 楽しく喜びに満ちた日を覚えている。それが何より大事だと思う。悲しみも亀裂もあったに違いないのだが、そんなものは忘れてしまうしかない。

 俗っぽく言えば、「悲しみよ、さようなら」を心に沈める生き方を選ぶしかない。

 楽天的だと誹(そし)る人もいるだろう。あえて言っておくと、悲観的に生きて、一体どんな意味があるだろうか。

 人は誰でも老いる。刻一刻と日々老いる。それは自明の理に他ならない。つまり、それを悲しんでも、所詮何の利も得もないのである。

 さて、思い出の美女たち、忘れられない楽しかった日々。その記憶こそが生きる者の素晴らしい収穫なのである。無駄にすることは、余りにも惜しいではないか。

 夢には3つの種類がある。睡眠中に見るごく普通の夢。それは、誰にでも現れる。しかし、心がけ次第では、楽しい夢を見ることができる。もちろん、悪夢に苦しめられることだってある。

 次に見る夢は白日夢。ふとボンヤリしている時に、走馬灯のように浮かぶ。そこを一瞬過(よ)ぎる記憶の映像。それこそが白日夢そのもの。ある時は、手に取るように現実味がある。

 3番目は、空想が運んでくれる夢。つまり。夢想である。これは私の得意分野でもある。妄想とは違う。持っている個人的なファイルから、偶発的に展開される。希少価値がある夢だ。

 3つの夢が靠(もたら)す総ては夢幻。蘇(よみがえ)る懐かしい思い出と女性たち。これこそが私の元気の源なのかもしれない。人間の欲望は無限である。

 ペシミスティックに生きることはない。オプティミズムこそが、世界を変える。これ眞実ですぞ、ご同輩。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

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1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞

記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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この記事へのみんなのコメント

  • イチロウ

    永遠の美女ね~。  私の場合には、もうお・ん・なには、一切興味がありません。 もうこりごり、なのです。 世の女性には悪いのですが、おとことおんなには、越えられない障壁があり、障壁を越えるのは、子供をつくるときのみですから、すでに、子供が中年にもなっている者としては、お・ん・なには縁切りなのです。 しかしながら、終生に縁が切れないものがあります。 私の場合には、それは、猫、です。 この体重が数キロの小動物が人に与えるものは、恐ろしい程であり、人間を変える力を持っています。 映画「ボブという名の猫」は、実話ですが、こうした実話が数えきれない程に存在するのです。  私の「ボブ」は、「とら」という名の猫でした。可愛いのは、当然ですが、加えて賢くて、強い猫でした。 初代の我が家の飼い猫ですが、その後に我が家に迎えた猫の全ては「とら」には、あらゆる面で叶いませんでした。  亡くなった時には、これで生涯にわたって別れの悲しみが続くのか、と覚悟をしました。 既に分かれて三年ですが、悲しみは、消えることがありません。  猫の「とら」はそれ程の存在だったのです。

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