暮らし

「小3で母が統合失調症に。そして父、姉も…」度重なる家族のケア経験をもつ看護師・冠野真弓さんが自らを「ラフィングケアラー」と名乗る理由

 家族の介護は大変なこともあるが、捉え方次第で「笑い」に変わる。日々のケアを笑って話せるように…。そんな思いを込めて自ら「ラフィングケアラー」と名乗る人がいる。元ヤングケアラーの高岡里衣さんが、注目のケアラーにインタビューする企画。岡山県で現役看護師として働きながら家族のケアを担っている冠野真弓さんに話を聞きました。

答えてくれた人

冠野真弓さん

冠野真弓さん

大学卒業後、病院勤務や大学教員の経験を経て、現在は在宅診療専門のクリニックで看護師として働く。自身のケア経験から任意団体「K&」を立ち上げ、インスタライブなどで「大丈夫」と「安心」を発信している。

インタビュー・執筆

高岡里衣さん

高岡里衣さん

9才から約24年難病の母のケアに携わってきた元ヤングケアラー。ケアラー支援団体に所属する他、講演・執筆も行う。

大変な毎日も笑いに!ラフィングケアラー・冠野真弓さん

「母は総合失調症で幻聴に悩まされていて、父は神経難病で要介護2、姉は発達障害で躁うつを抱えています」

 明るくやわらかな笑顔でケア経験を語るのは、岡山県で現役看護師として働く冠野真弓さんだ。「ラフィングケアラー」”笑っているケアラー”と名乗り、ケア経験を伝える活動をしている。

 家族3人のケアのエピソードをときに笑いを交えて語る彼女。初めて会った時、元ヤングケアラーの私は衝撃を受けた。大変な毎日のはずなのに、ケアを笑いに変えるパワーや原動力はどこにあるのだろうか――。

――ケアの経緯や状況を教えてください。

 私は父・母・姉との4人家族で、小学3年生の時、母が統合失調症になったことがケアラー人生の始まりでした。

 母の病の発症は激しいものでした。急に言葉が通じなくなって、暴れる母を3人がかりで支えて病院に連れて行きました。そのまま精神科の病院に数か月入院しましたが、退院して家に帰ってきた母は元通りにはなっていませんでした。

 母は幻聴を抱えていて「誰かが殺しに来る」とおびえていることもありました。

 父は生まれつき体が弱く、一時期うつの症状も抱えていました。私が高校生の時、夕暮れ時にベランダの柵に足をかける父を見て、必死に止めたことも。いま父に先立たれたら、母と姉を私ひとりでどうやって養っていけばいいのか、戦々恐々とした気持ちで過ごしていましたね。

 一方で、姉はリストカットを繰り返したり、「今から飛び降りてくる」と家を飛び出してしまったり。「一緒に死んでほしい」と包丁を向けられた時には、私は見事なまでの真剣白刃取り(笑い)。一時期は、家にある刃物はタオルに包んで私が抱えて寝るのが習慣でした。

――相談できる人はいなかったのでしょうか?

 こうした体験は、今でこそ笑って話をすることができますが、ヤングケアラー時代は、「誰にも話すもんか!」と心を閉ざしていました。

 精神の病については、当時は誤解や偏見があったと思うんです。友人たちと「アイドルがうつ病で休業」という話題になったとき、誰かが「気持ち悪い」と言ったんです。家族の話題は誰にもバレてはいけないと強く思いました。

 子ども時代は悩んでいることを周囲に悟られないようにヘラヘラ笑っていたから、「悩みがなさそうでいいよね」と言われることもありましたね。

 そんなヤングケアラー時代を支えてくれたのは、小学5年生の担任の先生の言葉。

 母がご近所さんにご迷惑をかけたことが原因で引っ越しすることになったとき、初めて担任の先生に話をしたら、

「今度ふたりでお出かけでもする?なにかおいしいものでも食べに行こっか?」と言ってくれた。

「大丈夫なの?」とか心配や同情の言葉ではなく、温かい言葉だと思ったんですよね。私に関心を寄せてくれている、私の抱えていることを知っていてくれている大人が存在している、そのことが嬉しかった。実は先日、30年ぶりに再会し、お礼を伝えることができたんです。

――看護師を目指したのはケア経験から?

 当時、医療関係者ですら精神の病について偏見を持っている人がいたので、それなら私が変えてやろうと、反骨精神から看護師を目指したところもあります。

 大学生の時、同じ道を目指す友人に初めて自己開示してみたんです。そうしたら、めちゃくちゃ楽になった。「傾聴って、まじ大事ですやん!」って(笑い)。

 現実が変わるわけじゃないけど気持ちが楽になるっていう体験をしてからは、「この人なら」と思える人には話せるようになっていきました。

 看護師になってからは、母のことを相談できる専門家の方にも出会うこともでき、たくさんの出会いに繋がりました。

――「ラフィングケアラー」を名乗る理由は?

 大変なときでも私はいつもヘラヘラと笑っていることが多かったのですが、ある時これは私の強みかもしれないと思って。そんな自分の思考や在り方を表すために考えた言葉が「ラフィングケアラー」です。

 大変なこともあるけど、誰かと話を共有して、ケアを面白がっていこうと。

 現在は「ケアラーのすべらない話」と題してインスタライブで発信もしています。自分の活動がいつか誰かの光になったら…。

 もちろん笑えない時もあるので、そんなときは立ち止まって、溺れないようにプカプカ浮いて漂っているくらいの感覚でいるようにしています。

 現在は、父と母はふたり暮らし。近くに住んで父のサポートや母のケアを続けています。父から母のケアがしんどいと言われることもありますが、父は母と「生まれ変わっても一緒にいたい」と言うんですよ。ありのままの姿を愛している、そんな両親から学ぶことも大きいんです。姉はサポート体制を整えてひとり暮らしをしながら、両親亡き後に自立した生活ができるように練習をしているところです。

 母の闘病は続いていますが以前の穏やかな母に戻ることも。家族4人で食事をする時間があると、みんな揃っていることの奇跡と幸せを嚙みしめます。

 しんどかった過去の体験のおかげで、ささいなことでも幸せ感が増す。これを私は「勝手にハッピー思考」と名付けています(笑い)。

元ヤングケラー・高岡里衣のインタビュー後記

 ケアってしんどいもの。私自身も家族の生死にかかわるケアを続けてきた経験から、少なからずそう思っていた。ケアを前向きにできる人なんて、特別な才能を持った人だけではないのか、と。しかし、冠野さんのお話をじっくり聞き、今目の前のケアはしんどいかもしれないが、振り返って状況を正しく理解したり、捉え直したりすることで、面白がることはできるのかもしれないと感じた。

 次回は冠野さんが語る「勝手にハッピー思考」、明るく笑ってケアを続ける秘訣について具体的に教えていただきます!

●ヤングケアラーが明かす心の叫び 追い詰められた体験を振り返って気づいた本当に必要な支援とは

●「自分はヤングケアラーと気づいていない人は多い」当事者同士、交流できる場の必要性

●介護福祉士・安藤なつさんら経験者が語る「介護はひとりで抱えないで」安心の頼り先を見つける5つのステップ 

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