障害をもつ母の非常事態の行動と対策「母との生活で痛感した感染対策の難しさ」
高次脳機能障害のある母のもとに生まれ、ヤングケアラーとしての経験を発信しているたろべえさんこと高橋唯さん。母と生活する中で、いま困っているのが、感染症など非常事態への対処法だ。認知症や障害を抱える人たちが、ウイルスや細菌といった目に見えないものから身を守るために、家族はどうすべきなのか。たろべえさんが直面した実例をもとに考察する。
障害をもつ母の非常事態の行動
母は決まったルーチンをもって生活していて、それが崩れることが苦手だ。いわゆる「非日常」の時であっても、母にとっての「日常」を継続してしまう。
東日本大震災の時も母は相変わらずマイペースだった。我が家は水道が止まってしまったのだが、少しだけ水を集めることができたので浴槽とトイレのタンクに貯めていた。ところが少し目を離した隙に、なんと母がお風呂を沸かして入っていた。トイレの水も流されてしまっていた。
【写真】たろべえさんと母が一緒に絵本を読む姿
そんな母が先月末に体調を崩した。新型コロナウイルスの抗原検査は陰性だったが、後から私や父も体調を崩したので、なんらかの感染症だった可能性は高い。
母との生活で痛感した感染対策の難しさ
母と一緒に生活しながらの感染対策はほぼ不可能に近かった。
まずとにかく母を隔離することが難しかった。「みんなにうつしてしまうから、トイレ以外は呼ぶまで部屋にいてほしい」と伝えたが、まったく納得せず、目を離すとすぐにリビングや台所をウロウロしていた。
マスク着用や手洗いをきちんとできないので、家族の共用の物にはなるべく触れて欲しくなかったのだが、隙あらば冷蔵庫から食べ物を取ってリビングで食べていたり、部屋で飲むために渡したペットボトル飲料を飲みかけで冷蔵庫に戻していたり、いつも通りに過ごしていた。
冷蔵庫のドアにテープを貼って開かないようにもしてみたが、テープを剥がして使われるだけだった。
父は普段、母と同じ部屋で寝ているので、隔離のためにリビングで寝てもらうことにした。ところが父が仕事に行っている間、母は父が寝ていたところで寝っ転がってテレビを見ていたので、ほぼ無意味だった。
高次脳機能障害の母には感染の自覚がない
母は高校生のときの事故で脳に損傷を受け、高次脳機能障害となった。障害のために、ウイルスや細菌のような目に見えないものを理解することが苦手だということもあるが、そもそも母には体調不良であるという自覚がなかった。
38℃台の発熱があるにもかかわらずデイサービスに行く準備をしたり、デイサービスが休みだとわかると今度は買い物に出かけようとしたりと、具合が悪そうな様子がなかった。「もう元気なのになんでデイサービスに行けないの?」「私をバイキン扱いして!」と怒りながら、やりたい放題。
感染対策のためには、母となるべく直接かかわらないように自分が自室にこもっているのがいいのか、それとも母が家族共用の部屋に来る度に自室に戻るように声をかけた方がいいのか、どちらがいいのかわからなかった。
とりあえず自分が母の部屋に入ることはせず、部屋の中では自由に過ごしてもらっていた。しかし、父がいくら冷房を適温に設定しておいても、母はすぐ自分で18℃にしてしまい、キンキンに冷えた部屋で鼻水を垂らしていた。
少なくとも自分はなるべく共用の部屋にいる時間が短くなるようにと思い、今まで風呂場で使っていたドライヤーやスキンケア用具、リビングで飲んでいた薬などを自室に持ってきて対応した。
ところが結局、母が発熱してから8日後に私も発熱してしまい、父も喉の痛みを訴えていた。
体調不良により認知機能が低下?
本人には体調不良の自覚がないとはいえ、いつもと違う言動をすることもあった。
例えば、普段はスプーンを使うことができているのにゼリーを手づかみで食べようとしたり、「ウオノメが痛い」と言いながら這って移動したり、いつも以上に言動が噛み合わなかったり。
最近、物忘れ外来に通院した際に主治医にも話してみたところ、
「体調不良時、普段よりも認知機能が低下したかのように見えること自体はよくあることですが、希にそのまま元に戻らなくなってしまう人もいるので、注意して様子を見ていてください」と言われた。
結局、母は熱が下がってからも咳が止まらず、デイサービスに通えるようになるまで3週間かかった。以前に私もコロナに感染したことがあり、その際も母のケアに苦労したが、今回はさらに大変だった。
→元ヤングケアラーが明かす障がいのある母の「老い」への向き合い方 通院で発覚した3つのこと
障害者や認知症患者の感染対策は情報が少ない
母のように感染対策をとることが難しい人が自宅で感染症になった場合、同居している家族はどのように自分は感染しないようにしているのだろうか。
調べてみると、小さい子どもが感染した際に親が感染しないための対策についての記事はいくつか見つけたが、それに比べて高次脳機能障害や認知症によって感染対策が難しい人の家族に特化した記事は見つけにくかった。
新型コロナウイルスは5類感染症になったが、母が通っているデイサービスをはじめとした、高齢者・障害者施設では重症化リスクの高い利用者も多く、まだまだ油断できない。
母と暮らしながら感染対策をすることは難しいが、ひとまず共用部屋から自室に持ってきた物は戻さずにそのまま使っていこうと思う。
感染症に限らず、非常事態に母の生活習慣を急に変えることは難しい。なるべく母の行動を変えなくても済むような日頃からの準備が大切だと改めて気づかされたできごとだった。
ヤングケアラーに関する基本情報
言葉の意味や相談窓口はこちら!
・ヤングケアラーとは
日本ケアラー連盟https://youngcarerpj.jimdofree.com/による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。
・ヤングケアラーの定義
『ヤングケアラープロジェクト』(日本ケアラー連盟)では、以下のような人をヤングケアラーとしている。
・障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている
・家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている
・障がいや病気のきょうだいの世話や見守りをしている
・目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
・日本語が第一言語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている
・家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている
・アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
・がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている
・障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている
・障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
・相談窓口
・厚生労働省「子どもが子どもでいられる街に。」
児童相談所の無料電話:0120-189-783
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
■文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」:0120-0-78310
https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm
■法務省「子供の人権110番」:0120-007-110
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html
■東京都ヤングアラー相談支援等補助事業 LINEで相談ができる「けあバナ」
運営:一般社団法人ケアラーワークス
文/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名でブログやSNSで情報を発信中。本名は、高橋唯。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。母は高校通学中に交通事故に遭い、片麻痺・高次脳機能障害が残ったため、幼少期から母のケアを続けてきた。父は仕事中の事故で左腕を失い、現在は車いすを使わずに立ってプレーをする日本障がい者立位テニス協会https://www.jastatennis.com/に所属し、テニスを楽しんでいる。現在は社会人として働きながら、ケアラーとしての体験をもとに情報を発信し続けている。『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。第57回「NHK障害福祉賞」でヤングケアラーについて綴った作文が優秀賞を受賞。
https://twitter.com/withkouzimam https://ameblo.jp/tarobee1515/
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