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「ろれつの回らない母がこわかった」元ヤングケアラーが明かす母のアルコール依存症 子どもの不安は知ることで軽減されるのではないか?

 元ヤングケアラーとして情報を発信しているたろべえさんこと高橋唯さん。高校生のときの事故が原因で片麻痺、高次脳機能障害となった母のケアを続けているが、かつて母はアルコール依存症だった時期がある。飲酒を繰り返す母の行動に不安を感じていた過去を振り返り、ヤングケアラーの心の負担の軽減について考察する。

幼少期「飲酒する母が怖い…」

 母はかつてアルコール依存症だった時期がある。

 いつから母が酒を飲んでいたのかはわからない。私が物心ついたときには、すでに母は習慣的に酒を飲んでいた。幼い私に缶ビールを買いに行かせることもあった(当時は意外と普通に未成年でも酒を買えてしまっていた)。

 母は酒を飲むと別人になった。

 別人というか、もしかしたらあれは人ではなかったのかもしれない。

 ただでさえ会話が成り立っていないのに、酔っ払うとさらに話が通じなくなり、もはや人間を相手にしているようではなかった。

 そもそも、ろれつが回っていないので何を言っているかほとんど聞き取れなかった。目も据わってしまっていた。元々おぼつかない足取りがさらにフラフラになって、時折、ドーン!と大きい音を立てて家のそこかしこでひっくり返っていた。

 4、5才の頃だろうか。私は酒を飲んだ母のあまりの怖さに泣いてしまったことがあった。

 すると、「なに、ないてんだよ」と母が話しかけてきた。

 恐る恐る、「おかあさんがおさけをのんでるから、こわい」と正直に答えたら、

「のんれねぇよ、うるへぇな!」と返ってきた。

 私がビクビクしながら正直に答えても、この人は子どもでもわかるような嘘をつくということが悲しかった。

 怖い獣から守ってくれる優しい母はそこにはいなかった。

中学時代「アルコール依存は自分のせいかも」

 私が中学3年生の頃、母のアルコール依存はさらに悪化した。それまで、酒を飲んで制御不能になるのは週に何日かだったが、この頃にはほとんど毎日になった。とうとう病院を受診し、投薬治療が始まった。
 
 投薬治療では、酒を飲むと気分が悪くなる薬を飲むことになった。私は毎朝、母が薬をきちんと飲んでいるかどうか確認してから登校していた。

 私は中学生ながらに、投薬治療に疑問をもっていた。

 アルコール依存は、なにかアルコールに頼ってしまう原因があるのではないか、そこを解決しなければ根本的な治療にはならないのでは?と思っていた。

 そして、母がアルコールに依存してしまうのは自分のせいかもしれないとも思っていた。

 私が学校から帰ってきてからもっと一緒にいてあげれば、その時間は酒を飲まないんじゃないか。母のやろうとしてることを先回りしたり、母がやった家事を認めずにやり直したりするんじゃなくて、母と一緒にいろんなことに取り組んであげた方が良いんじゃないか。

 でも勉強に部活に忙しかった私にはそんな時間はなかった。

 もしかしたら母は寂しい気持ちもあったのかもしれない。

 若くして身体も頭も思い通りに動かなくなって、知らない土地に嫁いできて、自分の子どものほうが自分より家事もよくできて、自分は置いてけぼりで…。

 私だったら自分はこの世にいらない存在なんじゃないかと思い始めるだろうし、酒も飲むだろうと思った。

 しかし、私にはどうすることもできなかった。

 私ではない誰かが、酒ではないなにかが、母の寂しさを埋めて欲しいと思っていたが、具体的にどうすればいいのかはわからなかった。

 この時は父が母を病院に連れていってくれていて、私が代わりに病院に連れて行けるわけでもなかった。

 どうせ本人に聞いてもアルコール依存になった原因はわからないし、いろいろ気になることはあるけれど、とにかく母が酒を飲まなくなればそれでいいやと思いながら日々を過ごすようになった。

高校時代「母への対応がわからなかった」

 結局、私が高校生の頃には、母は薬を飲まなくても酒を飲まずにいられるようになった。

 母はアルコール依存症外来の医師のことが気に入っていたらしく、似顔絵を手帳に描いていたり、「バレンタインチョコ渡すの!」と用意していたりと、通院を楽しみにしていたようだった。

 今では母がアルコールを飲まなくなってよかったと思っているが、ヤングケアラー時代は、母のアルコール依存症にどう対応すればいいのか不安に思っていた。

 実際、酒を飲む母を「怖い」と思ったり、「母がアルコールに依存してしまうのは自分のせいかもしれない」と思ったり、アルコール依存症と正しく向き合えていなかったと感じる。

 母が通っていた病院は遠かったので、通院について行った事はなく、母の主治医の話も聞いたことはなかった。

「知ること」で不安を軽減できるかもしれない

 ヤングケアラーは「子どもだから」という理由でケアをしている相手の状態をよく知らされていないこともある。
 
 しかし、子どもにも知る権利、意見を言う権利はあるのではないかと思う。

 令和5年から施行された「こども基本法」※には、以下のような基本理念が盛り込まれている。

「全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されること」(こども基本法:第3条)

 また、児童の権利に関する世界的な条約「子どもの権利条約」にも、「子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)」という原則が定められている。

 子ども自身に障害があったり病気であったりする訳ではなくとも、家族のケアをすることは子どもの生活に直接関係することで、子どもが意見を表明する権利があると捉えられるのではないか。

 子どもが意見を表明するためにはまず、必要な情報を知るべきであり、そもそも「ケアをしている家族のことをもっと知りたい」という意見が尊重されるべきである。

 子どもにできることは少ないかもしれないが、それでもケアをしている相手の病気や障害を正しく知ることで、「これでいいのだろうか?」「自分のせいで症状が悪化するのでは?」といった不安が少しは軽減されるのではないかと思う。

 ヤングケアラーの周囲の大人や、ケアを受けている方は、ヤングケアラーを過度に不安にさせたくないという思いも、もちろんあるだろう。

 しかし、ヤングケアラー本人が望んでいるのならば、ケアをしている相手のことを詳しく教えてあげた方が、かえってヤングケアラーがひとりで不安を募らせずに済むのではないだろうか。

参考/こども家庭庁「こども基本法」

20230401policies-kodomokihon-01.pdf (cfa.go.jp)

ユニセフ「子どもの権利条約」

https://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_rig.html

→たろべえさんのほかの記事を読む

文/たろべえ(高橋唯)さん

「たろべえ」の名でブログやSNSで情報を発信中。本名は、高橋唯。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。母は高校通学中に交通事故に遭い、片麻痺・高次脳機能障害が残ったため、幼少期から母のケアを続けてきた。父は仕事中の事故で左腕を失い、現在は車いすを使わずに立ってプレーをする日本障がい者立位テニス協会https://www.jastatennis.com/に所属し、テニスを楽しんでいる。現在は社会人として働きながら、ケアラーとしての体験をもとに情報を発信し続けている。『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。第57回「NHK障害福祉賞」でヤングケアラーについて綴った作文が優秀賞を受賞。
https://twitter.com/withkouzimam  https://ameblo.jp/tarobee1515/

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