連載

遠距離介護の災害対策 自力で避難できない認知症の母のために息子が準備した「あんしん連絡パック」

 9月1日は、「防災の日」。岩手・盛岡で暮らす認知症の母を東京から通いで介護している作家でブロガーの工藤広伸さんが、自ら実践する遠距離介護におけるノウハウを紹介するこの連載、今回は、災害対策についてだ。地震など自然災害に備え、母のために工藤さんが実践していることとは?

災害で避難できない認知症の母のために行った対策

 地震や豪雨などの自然災害が発生したとき、高齢の親が自力で避難できるかどうか、考えたことがありますか?

 わたしの母は重度の認知症なので、災害の情報収集が難しく、指定された避難所の場所が分かりません。また、手足が不自由なので、誰かの介助なしでは避難所へ移動できません。

 こうした自力での避難が難しい高齢者を把握するために、全国の自治体では災害時要援護者名簿の作成をしています。わが家では最近、母をこの名簿に登録しました。

 遠距離在宅介護を10年以上も続けているのに、なぜもっと早く災害時要援護者名簿の登録をしなかったのでしょう?

災害時要援護者名簿に登録したつもりだった

 理由はシンプルで、登録済と思い込んでいたからです。母が住んでいる地域を担当する民生委員さんとこの名簿について話した記憶があったので、登録されていると思っていました。

 先日、母の身体障害者手帳の取得のために市役所を訪れた際、たまたま災害時要援護者名簿の登録のチラシを見かけました。最近は台風による豪雨が多いのでチラシが気になり、念のため窓口で名簿の登録状況を確認したところ、母の登録はありませんでした。

 自治体によって登録の条件の違いはあると思いますが、概ね75才以上の高齢者のみの世帯であったり、要介護3以上であったり、認知症であったり、障がいを持っていたりすると、名簿の登録ができます。

 母は80才で単身世帯、要介護4で認知症、さらに障がいもあります。名簿登録の条件を満たしていたので、早速、名簿の新規登録を行いました。

 名簿には災害時にサポートが必要な人の氏名、住所、生年月日、本人の健康状態、緊急連絡先などの個人情報が含まれています。これらの情報を町内会や自治会などと共有していいかどうかの確認の欄があり、同意しました。

 もし自然災害が発生した場合、名簿の情報を基に自治会や町内会の方が避難のサポートをしてくれるかもしれません。登録の際の用紙にも書いてありましたが、必ず助けてもらえるわけではないので、あくまで、災害時の備えのひとつとして考えるのがいいでしょう。

→大地震がきたら…今すぐ備えたいこと、災害時の心構え【まとめ】

岩手・盛岡では「あんしん連絡パック」を支給

 名簿登録後の流れは自治体によって様々ですが、母が暮らす岩手県盛岡市の場合は「あんしん連絡パック」※を作成します。

※編集部注/あんしん連絡パックとは、岩手・盛岡市で災害時要援護者名簿に登録済の人に配布されるもの。避難する際の非常持ち出し用ケースとして、自宅で倒れた時などの緊急時、救急隊へ情報を伝えるために、緊急連絡先や薬の情報や保険証の写しなどを入れて、冷蔵庫など目に付きやすい場所に貼りつけておく。 

 市役所で登録した情報はまず、地域の民生委員さんへ共有されます。

 登録時、母にはあんしんパックの作成は難しいと書いておいたので、緊急連絡先であるわたしの携帯に電話がありました。遠距離介護で帰省した際、民生委員さんが自宅に来てくれて、わたしが母のかわりにあんしん連絡パックの作成をしました。

 母のあんしん連絡パックには、家族であるわたしやケアマネさん、かかりつけ医の連絡先が書いてある緊急連絡カードや、お薬手帳と健康保険証のコピーを、まとめて厚めのクリアファイルに保管しています。

 さらに玄関の扉の内側等に、あんしん連絡パックがある家かどうかを示すシールを貼っておきます。災害時に駆け付けたご近所さんや救急隊員などがこのシールに気づいて、あんしん連絡パックがある家だということがすぐに分かります。

 あんしん連絡パックは、冷蔵庫の横に貼りつけておくのが基本です。しかしわが家では、母があんしん連絡パックの意味を理解せずに片づけたり、廃棄したりする可能性があります。

 そのため、あんしん連絡パック自体は隠しておき、その保管場所を書いた紙を冷蔵庫の横に貼ることで、母を助けに来た人が分かる仕組みになっています。

→台風などの災害から「離れて暮らす親」を守る知恵

災害時要援護者名簿の登録だけでは万全ではない

 この名簿をさらに有効なものにするためには、地域支援者の名前を書いておくのがいいそうです。地域支援者とは、責任は伴わないが、実際に支援してくれる可能性のあるご近所さんなどを指します。

 しかし、わが家はそれほど近所づきあいがないので、地域支援者は空欄で出しました。地域支援者の名前を書いていても、必ず機能するわけではないので、これも災害時の備えのひとつでしかありません。

 結局、災害時要支援者名簿に登録していても万全ではないので、自分の身は自分で守る自助の意識が大切です。わが家では見守りカメラがその役割を果たしており、地震や大雨のニュース速報が出たら、必ず母の様子を確認するようにしてきました。

 特に震度5クラスの地震は何度も経験していて、東北新幹線の高架橋が破損して2年連続で不通になるほどでした。

 地震が発生したらすぐに見守りカメラで母の安否を確認し、同時に家の中の物が倒れていないかも確認しています。普段は母の様子を確認するためのカメラですが、災害時は本当に心強いツールとなります。

 幸いにして、インターネット環境が失われるほどの大災害は経験していないので、見守りカメラはきちんと機能してきました。

 災害が発生した場合、余裕があれば地域のかたが避難できない高齢者のサポートもしてくれると思いますが、暴風などで一歩も外に出られない状況であれば、全く助けが来ない可能性もあります。

 繰り返しになりますが、名簿の登録はあくまで災害時の備えのひとつです。家族として何ができるのか、改めて考えてみて欲しいと思います。

 今日もしれっと、しれっと。

→この連載の他の記事を読む

工藤広伸(くどうひろのぶ)

介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(79歳・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442

●予言者・松原照子さんが視た3つの未来 コロナ収束時期、川の氾濫、大災害の危険地域 

●認知症の母の「失禁問題」が99%解決した!息子がポータブルトイレに施した工夫

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