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「いい死ほどあっけなく、静か」1000人を看取った看護師が語る“幸せな最期”を迎えるための6つの要素|実例に学ぶ自分らしい最期の迎え方

 君たちはどう生きるか──そんな問いが話題になっている。日本人の平均寿命は男女ともに80才を超え、いつまでも充実した人生を送るために生き方を問うことはたしかに重要だ。しかし、それと同じくらい「私たちはどう死ぬか」を考えることもまた、軽視できない。1000人の看取りに接した看護師が「幸せな最期」を語る。

「幸せな最期」を迎えるための6つの要素

「80代後半のMさんは、心不全を患って入院していましたが、食事もよく召し上がり、笑顔が素敵なかたで、酸素ボンベをお供に廊下を散歩したり頻繁にお見舞いに訪れるご家族とおしゃべりをしたりと、楽しみながら入院生活を送っていました。

 しかし、心不全の進行とともに徐々に眠っている時間が長くなり、食事もとれなくなりました。Mさんとご家族による『自然に生きたい』という希望で、点滴による栄養補給などは行わず、食事をとらなくなって10日後、静かにお亡くなりになりました」

 家族に見守られながら旅立っていったMさんの最期を振り返るのは、看護師で看取りコミュニケーション講師の後閑愛実さん。これまで1000人以上の看取りに接してきた。

「『飲食ができなくなると、長くて10日』という医師もいて、Мさんは限界まで頑張れたと言っていいと思います。ご本人とご家族の希望通りに過ごしていたことと無関係ではないでしょう。いい死ほど、あっけなく、そして静かなものなのです」

 人は誰でも「幸せな最期を迎えたい」「苦しくなく安らかに死にたい」と思うもの。では、“幸せな死”とはどのようなものなのか。後閑さんが言う。

「“いい死とはどのような死か”について調査をした海外の研究があります。

 その結果、6つの要素が挙がりました。まずは『痛みやその他の症状での苦しみがない』『明確な治療方針が決まっている』、さらに周囲とのかかわりとして『死後の準備ができている』『大切な人と過ごし、人生の振り返りができている』、そして本人自身が『最期まで他人に貢献できている』『“患者”ではなく全人的な肯定感がある』というものです」

 後閑さんは、6つすべてを揃えるのは難しいと続ける。

「それでも、多くの患者さんを看取って思うのは、1つでも満たしていれば、いい死を迎えることができるのではないかということです」

→看取り士が見守り、寄り添うことで本人も家族も豊かな最期が叶った実例

「母」でいるため病院で死ぬ

「自分を肯定する」という要素を満たすため、あえて家ではなく病院で亡くなることを選んだ女性がいる。

 このSさんはがんで訪問治療を受けていた。当初は「家で死にたい」とたびたび口にしていたという。

 それでも、いよいよとなったときにSさんが選んだのは入院することだった。

「理由を聞くと『娘とは、親子関係でいたいから』ということでした。自宅に帰ると、患者として“世話をされる人と世話をする人”の関係になってしまうけれど、病院にいれば看病は医師や看護師に任せることができるので“母と娘”でいられるというのです。

 娘さんも、『母が病院に居てくれたことで、娘として甘えることができた』と話していました。最期まで母として生きたという肯定感をもってSさんは亡くなりました」(後閑さん・以下同)

住み慣れた家で104才の生涯を閉じた

 一方で、どうしても自宅に戻りたいと思い続け、それを叶えたことで穏やかな最期を迎えた人もいる。

「100才を過ぎても元気だったKさんが入院したのは、転倒して大腿骨を骨折したことがきっかけでした。高齢者にとって骨折は命取りです。ベッドで過ごす時間が長くなり、Kさんの体力はみるみる衰えていきました。食事もとれなくなり、ご家族は少しでも体調を回復させたいと点滴を希望されました」

 点滴で栄養は補給できるものの、呼吸は弱くなり、会話が成り立たないほどに。3人の娘たちも代わる代わる見舞いに来ていたというが、様子は変わらないまま。

「もうこのまま……と思っていたあるとき、Kさんが目に涙を浮かべ、乾いた口で賢明に『おうちに帰りたい』とつぶやいたんです。娘さんたちの判断は早かった。『いますぐ連れて帰ろう』と、Kさんの退院を決断。Kさんは『ありがとう、ありがとう』と何度も繰り返していました」

 帰宅から10時間後、Kさんは自宅で息を引き取った。家族との思い出が詰まった住み慣れた家で、使い慣れた布団で、家族に見守られながらの104才の生涯を閉じた。

「家に帰ったことで、表情も回復し和らいでいたそうです。Kさんにとっては最適な選択ができたと思います」

→女優・八千草薫さん、加藤治子さんがおひとりさまでも「幸せな最期」を迎えられた理由

意識がなくなっても肌を整える

 女性の寿命は男性より6才も長く、「おひとりさま」で最期を迎える人も珍しくなくなってきた。家族がいなくても家に帰らなくても、最期を迎えるまでの時間を充実させることはできる。

「夫に先立たれた70代のNさんは、自宅の整理や後見人への遺言など終活をすませ、必要最小限のものだけをもって病院に入りました。その最小限の荷物の中には、使い慣れたメイク道具が。『主人が天国で待っているから、いつ再会してもいいように、お化粧をしているの』が、Nさんの口癖でした。

 毎日きっちりメイクをされるNさんを見ていたので、私たち看護師はNさんの意識が混濁して寝たきりになっても、愛用の化粧水と乳液で肌を整え、亡くなった際もエンゼルメイクを施しました」

 自分が思った通りの姿で夫のもとへ行けるという満足感なのか、Nさんの顔はとても穏やかだったという。

「死というものはどうしても避けることができません。だからこそ、その瞬間までどう生きるのかを考え、実行することの大切さを改めてNさんから教わりました」

 

最期まで好きな物を食べて過ごしたい

 ただし死期が迫った人間は、それまでは当たり前だった喜びを手放さなくてはならないこともある。特に食事に関しては、場合によっては死を近づけるリスクもあるため、制限がかかることも多い。

「食事はQOLを高めるためにもとても大切ですが、体が衰弱すると誤嚥やそれによる肺炎、また窒息などのリスクが上がるため、口からの栄養摂取が難しくなるケースは少なくありません。それでも、どうしても点滴は避けたい、誤嚥などのリスクがあっても食事を望まれるかたもいます。

 それを理由に退院し、大好きなお寿司などを食べながら、自宅で最後の1か月を過ごされ、亡くなった人もいました。もし、入院と点滴を選んでいれば1年近く生きることもできたかもしれません。でもご本人にとっては、点滴をしながら生きる1年より、好きなものを食べて生きる1か月の方が大切だったのだと思います」

 入院しながら、グルメを満喫した60代の女性もいる。

「食べるのが大好きだったHさんは、仕事一筋だったご主人の定年退職直前に脳梗塞で倒れてしまいました。一命はとりとめましたが結婚30周年のお祝いを兼ねた旅行に行くこともできず、数年間自宅でご主人が介護をされていた。病院での治療なども必要になり入院されましたが、そのときにはすでに飲み込む力が弱くなっていました」

 しかし夫は、医師や看護師に“見つからないよう”、病室にプリンやアイスを持ち込んで、Hさんに食べさせた。

「食べさせた後は痰が極端に増えるので、すぐわかるんです。窒息の危険性もあるので、ご主人には何度も『危険だから食べさせないで』と伝えていました。それでも、Hさんが亡くなる直前までヨーグルトなどを食べさせてあげていました。Hさんもうれしかったのだと思います。お亡くなりになった後、ご主人が『あの時間があったから、夫婦の時間をふたりで取り戻せた気がします』とおっしゃっていたのが忘れられません」

死に際の思い出がトラウマに

 かように、本人も周囲も“これでよかった”と思える死を迎えるには、それなりの準備が必要だ。準備がないまま本人の願いを叶えようとすると、とんでもないトラブルを引き起こしてしまうこともある。

 施設で暮らしていた高齢の女性Dさんは、年末年始の一時帰宅を待ちかねていた。それは家族も同じ。特に夫は、Dさんも揃って年始の食卓を囲めることが楽しみでならなかった。

「病院では食べられないお雑煮を一緒に食べたそうです。Dさんは嚥下機能が弱っていたため介添えしながらでしたが、餅を喉につまらせてしまった。ご主人は慌てて、掃除機での吸引を試みながら119番通報しましたが、Dさんは搬送された病院で亡くなりました。救急車を呼んだことで事件性が疑われ、警察による捜査などで葬儀なども後ろ倒しに。ご主人は大きな心理的ダメージを受けてしまったのです」

 時間が経ってもDさんの法事や誕生日、年末年始を迎えるたびに、夫はその日のことを思い出してしまうという。

「一時帰宅に備え、在宅主治医や訪問看護師など頼れる先を見つけておいて、その人たちの力を借りれば、いきなり警察官に囲まれることもなく、違う結果もあったと思います」

→住み慣れた自宅で「最期を迎える」5つのポイント|本人の意思は書面で、かかりつけ医を見つけておく等

幸せな最期を迎えるのに必要なこと

 緊急搬送では、望まない延命治療を受けてしまうこともある。治る見込みがほとんどないのに体に管をつながれ、苦しい思いをして“命を延ばしたい”かどうかは前もって周囲と共有しておくことが大切だ。

「強引な物言いになりますが、高齢で病気が進んだら、“死に時”を逃してはいけません。現場で過度な治療をされ続け、苦しむ患者さんたちを見て感じることです。家族と最期について事前に話をしていたら、本人も家族も、もっと穏やかに過ごせていたのではないか、と思うのです。話し合い、準備をして、安心して死ねると思えるから、その最期を迎えるときまで心穏やかに生きられるのではないでしょうか」

 死の瞬間を違うことなく、満ち足りた最期を迎えるためにはどうしたらいいか。なによりも「どう死んでいきたいか」を突き詰め、周囲に伝えておく必要がある。

「冒頭で挙げた6つの要素のうち、どれを重視するのかを家族や医療者に伝えることが大切です。

 人は年を重ね自立することを“なんでもひとりで頑張ること”だと思っていますが、自立とは依存先を増やすことだという医師もいます。

 頼れる先を限定せず、家族や友達、行政などいろいろな人に手伝ってもらえるようにするのがいいでしょう。それは死を見つめる本人も、看取る家族も同じです。思いをより多くの人で共有することが幸せな最期を迎えること、大切な人の死を受け入れることにつながります

 長寿社会はこれから多死社会へと進んでいく。この国で“私たちはどう死ぬのか”。人生最後の宿題として、まずは自己と対話することから始めよう。

教えてくれた人

後閑愛実さん/(ごかん・めぐみ)群馬パース看護短期大学卒業後、2003年より看護師として病院勤務。1000人以上の患者とかかわる中で、さまざまな患者を看取る。看取ってきた患者から学んだことを生かし、2013年より看護師をしながら研修や講演を通して、看取りの際のコミュニケーションの方法を伝える。

※女性セブン2023年8月17・24日号
https://josei7.com/

●幸せな看取りを全うした人に共通すること「頼れる医療従事者、相性のいいケアマネ、看取り士のサポート」

●ピンピンコロリで逝った人がしていた5つのこと|寝たきりにならず最期を迎えるには?

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