認知症の人が通う料理体験デイサービスはポップだった!【オバ記者は見た!新しいシニアライフ】【連載】
これまでに雑誌連載などで、さまざまな体当たり企画にチャレンジしてきたオバ記者。現在61才、バツイチ独身のオバ記者が、還暦を迎えて考えるのは家族の介護、そして将来自分が送りたいシニアライフのこと。そこで、さまざまな介護にまつわるモノ・コトに挑戦、体験記としてお届けしていく。
シリーズ第2弾は、「ここがデイサービス!?」と驚くほどカラフルなクッキングスタジオで、認知症の方々と一緒に、料理教室のように楽しい「調理療法」を初体験。“仲間たち”とのおしゃべりも誤嚥予防になって、シェフ独自のレシピによる美味しい料理には舌鼓。みんな笑顔で和気あいあいの「料理体験型デイサービス」をリポートします。
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店というか、スタジオと呼んだらいいのか。赤、青、ピンク、紫、黄色、緑…。ガラス張りの店内は、宝石箱をぶちまけたよう。輸入雑貨店でもここまでポップな色づかいはしないだろうと思うほど、圧倒的な色とキラキラ感にあふれていた。
「ほんとうにここが?」
目が慣れ、状況が飲み込めるまでに、しばらく時間がかかる。店内のテーブルを白髪の女性5人が囲んでいて、今日は私もここで利用者の皆さんに混じって、お料理教室のような今までになかった“全員参加型”のデイサービスを受けさせてもらうことにした。
AM9:30 バイタルをチェック
「では、まず皆さんの体温と血圧を測りますね」と係の人がひとりひとりに体温計を渡し、血圧を測る。私が「体温、35.6度。血圧は167と107でちょっと高めですね」と言われていると、横の席のAさん(80代)が「あら、高いわね。私は上は136。薬飲んでいるからね」と話しかけてくれた。
そしてお次は、ホワイトボードに書き出された本日作るメニュー5品を用紙に書き写す。全員、要介護1~5まで、程度の差こそあれ認知症と聞いていたけど、みんな黙々とペンを動かしている。どうも私のイメージしている“認知症”が、ここの会員さんには当てはまらない。もっともここではそういった“介護ワード”は使わないと聞いていたが…。
続いて、スタッフから仕事を割り当てられる。
「じゃあ、Aさんは皆さんの三角巾のアイロンがけをお願いしますね」と言われると、すっとアイロン台の前に立ったAさん。見事な手さばきでアイロンで角を決めると、すいすいと正方の布のシワを伸ばしていく。
「見事ですねぇ」と言うと、「うちは昔、洋装店だったのよ。結婚前だけど、自分の服はみんな自分で縫ったのよ」と言いつつも、手は休めない。スタッフがシワひとつない三角巾をみんなに配り、エプロンをつけたらいよいよ料理教室が始まった。
AM10:30 グループに分かれてクッキングスタート!
U字型のカウンターの中にプロのシェフがひとり入って、誰がどこに立つか、座るか決める。そして「じゃあ、この野菜を薄切りにしてね」とか、「海老の皮むきをお願いできますか」とか、それぞれに仕事を配分する。
それにしても、包丁は白いセラミック製でカラフルな柄つき! ボールひとつ、おたま1本がいちいちオシャレだ。これでテンションが上がらない人がいるかしら。
左半身の不自由なBさん(70代)は椅子に座ったまま、右手だけで海老の皮がむけるように、スタッフがそっとサポート。その間、「わあ、Bさん、どんどん上手になりますねぇ。海老の皮をむくの、ほんとお上手」とホメっぱなし。そのたびにBさんはニッコニコしながら、ほんとに手の動きがよくなっている!
よく見ると、火加減から味付けまで、シェフが目を配ったり、ときには手を加えたりもするが、そのさり気なさといったらどうだろう。「ああ、それじゃちょっと大きすぎ! 半分に切って」とラフな言葉で勢いをつけたりするのは、オーケストラの指揮者みたい。
で、私が担当したのは、やわらか豚肉とキャベツのピリ辛炒め。油の中で細かく刻んだニンニクとしょうがをどのくらい炒めるかとか、野菜は「炒めるのは油が回るまで」とか、片栗粉でとろみを上手につける方法とか、プロの技を教わった。私だけじゃない。会員さんのそれぞれがスタッフに褒められながら、自分の仕事に集中していた。
業界初の、料理体験型デイサービスの「なないろクッキングスタジオ 三軒茶屋」がオープンしたのは2018年7月。
「家でぼんやりと座っているだけだった方が、ここではしっかり立って料理をしている。ご家族はまずそれにビックリしますね」と語るのは、経営母体である(株)ユニマット リタイアメント・コミュニティの神永美佐子さんだ。
「お持ち帰りの一品を持って帰ると、『本当にこれ、作ったの?』と家族に聞かれると、ご利用者さんもうれしそうに話してくれるんですよ」
AM11:15 お楽しみのランチタイム
料理が出来上がった。スタッフが「じゃあ、Cさん、これを6等分に盛り付けしてください。Dさんは、テーブルを拭いてくださいね」と、スタッフが利用者さんに“お願い”をする。
こうしてテーブルが整い、やっと「いただきます」。それぞれ達成感があるからだろう。楽しいランチタイムだ。「自分の作った料理はかわいいわねぇ」と私が言うと、お隣のAさんは、「ひと様が作ってくれたものは何でもおいしいわねぇ」と笑う。かと思えば、向こう端に座っていたEさん(80代)は、私のほうに向きなおって、「ここ、いつから通うの? 私たちみたいに介護保険が使えないなら、ちゃんと料金を調べたほうがいいよ」と心配してくれた。
「で、誰と誰が認知症なんですか?」
すべての作業が終わったとき、私は神永さんに聞いた。積極的に会話をしたAさんやBさんはもちろん、物静かに笑いかけてくれたほかの3人も、どこにも違和感はなかった。
「でしょう? でもあれだけちゃんと会話ができる方であっても、家に帰ったらここでのことをほぼ忘れる方もいらっしゃいます。『今日は何を作ったの?』と家族に聞かれて『何もやらせてもらわなかった』と答えたり(笑い)。それが認知症なんです。その進行を料理を作ることで少しでも緩和できたらと願って、このスタジオを作りました。おかげさまで『ここに来ると元気になる』と、ご家族にも喜ばれています」
もちろんこうなるには、種も仕掛けもある。料理が苦手な人や半身マヒなどの人には専門のスタッフがサポートするのはもちろんだが、それだけではない。
「みなさん、かつては台所に立って家族のために長年料理を作ってきた人がほとんど。だからたとえば肉じゃがとかカレーなどの簡単なメニューだと、何を今さらとプライドが傷つく。そこで地中海風肉じゃがとか、本格欧風カレーとか、プロのシェフが今まで作ったことのない新しいレシピを考案し、それに挑戦してもらうということにしています」(神永さん)
さらには料理療法として、プロセッサーを使えるところも、あえて手で切ってもらうなど、わざと工程を増やしているのだそう。それぞれお茶をいれられるようになるとか、包丁が使えるようになるなど、隠れた目標を持っていて、それを意識した作業をしているのだって。
私はまったく気づかなかったが、「万が一のために看護師は必ずスタッフとして常駐しています」と聞いて、やっとここが介護福祉施設だと納得した。
PM12:30 送迎車に乗って帰宅
「なないろクッキングスタジオ 三軒茶屋」の帰り道、私は考えた。いまは成城、自由が丘と3軒だけど、いずれ全国に広がっていくだろうし、そうあってほしいと思う。でも茨城の僻地に住む、私の90才の母は、こんな天国のような料理スタジオで、かわいい包丁を握ることはあるのだろうか。そう思うと、夢から覚めたときのように、なんだか急にしんみりしてしまった。
【データ】
「なないろクッキングスタジオ 三軒茶屋」
住所:東京都世田谷区太子堂3-38-15
電話:03-5779-3920
URL:http://www.unimat-rc.co.jp/nanairo/
事業主体:株式会社ユニマット リタイアメント・コミュニティ
撮影/横田紋子
オバ記者(野原広子)
1957年生まれ、茨城県出身。『女性セブン』での体当たり取材が人気の自称“意識高い系”ライター。同誌で富士登山、AKB48なりきり、空中ブランコ、『キングオブコント』出場など、さまざまな企画にチャレンジ。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。全国各地の道の駅や温泉レポートも得意。ホテルの客室清掃バイトや銀座で手作りバッグ“出店”など、アラカンの現実を気の向くままに告白する体験記事も人気。
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