連載

認知症の母、嫌いになった「焼きそば」をおいしいと完食した理由 症状の進行は嗜好にも影響か

 作家でブロガーの工藤広伸さんは、岩手・盛岡で暮らす認知症の母の介護を10年続けてきた。母は認知症の進行とともに食の好みが変わり、好き嫌いが増えてきた。帰省中は、母のために工藤さんが料理を作っているのだが、母が嫌いになった「焼きそば」にある工夫をしてみると――。認知症介護における食事について考察する。

母が嫌いになった3つの料理

 わたしがまだ高校生で岩手の実家に暮らしていた頃の母は、食べ物の好き嫌いがなく何でも食べる人だったと思います。苦手な食べ物がほとんどないから、料理が上手なのかもと思ったほどです。

 そんな母が認知症を発症してからは、少しずつ嫌いなものが増えてきました。

 母が嫌いになってしまった料理が、焼きそばでした。わたしが子どもの頃は家でよく焼きそばを食べていた記憶があるので、昔は嫌いではなかったと思います。

 母に理由を聞いてみると、焼きそばについている粉末ソースが気持ち悪いと言うのです。それなら液体のソースにすれば解決すると思ったのですが、焼きそばの言葉だけで「食べない」と言うようになってしまいました。

 他にも鶏肉やハンバーグが苦手になり、これらも昔は家の食卓に並んでいたのですが、なぜか嫌いと言い始めた母。認知症がまだ軽度の頃は自分で料理ができていたので、鶏肉やハンバーグもわが家の献立から自然と消滅していきました。

献立の主導権が息子に変わった

 母の認知症が重度まで進行した今は、わたしがスーパーへ行って食材を買って、調理をして、母に食べてもらっています。献立の主導権は完全にわたしのものになり、昼食と夕食の献立を毎日考えるようになりました。

 母に「何が食べたい?」と質問すると、おそらく料理の名称が分からないのでしょう。「なんでもいい」としか言いません。母は食べたいものが分からないし、わたしは料理が得意ではありません。

 ネットでレシピを探したり、冷凍食品を活用したりしているのですが、だんだんと献立のやりくりが大変になり、同じ料理を何回も提供するようになっていきました。介護は料理だけでなく、洗い物や洗濯など多岐にわたります。あまり料理に時間をかけたくない思いもあって、何かいい方法はないかと思いながら介護を続けていました。

 ある日のことです。実家近くのスーパーで買い物をしていると、焼きそばが目に留まりました。野菜や肉と麺をソースで炒めるだけで完成する焼きそばがレパートリーに加われば、わたし自身もラクになります。しかし焼きそばは母が嫌いな料理です。どうしよう?

 粉末ソースを避ければいいのではと思い、液体ソース入りだった秋田県横手市の名物である横手焼きそばを購入。早速家に帰って焼きそばを作り、母に何も言わずしれっと出してみることにしました。横手焼きそばの特徴である、目玉焼きもしっかり乗せて。

母が嫌いな焼きそばに再チャレンジしようと思った理由

 わたしは認知症の進行によって、食べ物の好き嫌いにも変化があるのでは? と思ったので、何年も食べていなかった焼きそばを思い切って出そうと考えました。

 実は、同じ話を何度も繰り返していた母に変化がありました。前なら話の冒頭部分を聞いただけで、オチまで分かるので聞き流していました。しかし今は単語が出てこなくなったり、話が変わってしまったりしています。

 明らかに前とは違う母を見て、ひょっとしたら今なら焼きそばもいけるのでは?と思いついたのです。

わたし:「はい、今日はこれね。食べてみて」

母:「これ、何ていう食べ物なの?」

わたし:「焼きそば。まず食べてみて」

 母は焼きそばの存在自体を忘れていたようです。これなら食べてくれるかもと期待が高まります。恐る恐る母の食べる様子を見ていると、

母:「(ズルズルッ)何なのこれ、本当においしいわね」

 自分が焼きそば嫌いだったことまで、すっかり忘れてしまったようです。

 購入した横手焼きそばは麺の量が多く、食べきれないだろうと思っていました。ひょっとしたら全く手をつけない可能性もあると思っていました。しかし結果は、見事に完食。まさかあんなに嫌いだった焼きそばが、好きになるとは!

 焼きそばで使うために買ったキャベツが余っていたので、この調子なら大丈夫かもと思い、2日後にまた焼きそばを作ってみました。

2回目の焼きそばを食べた母の反応

わたし:「はい、これ食べてみて」

母:「これ何? あら、おいしいわね。なんぼでも食べられる」

 2回目の焼きそばも、1回目とほぼ同じ反応になりました。これ以降、わが家のレパートリーに焼きそばが復活し、献立が決まらないときは焼きそばに頼るようになりました。

 認知症の人のこだわりは、長く続かないと言います。しかし母の場合は、少なくとも3年は焼きそばが嫌いと言っていたので諦めていました。

 おそらくですが認知症の進行とともに、強いこだわりや好き嫌いまで忘れてしまったのではないかと思います。寂しい部分もありますが、こだわりや好き嫌いがなくなったと逆手にとって考えれば、焼きそばのようなメリットがあるかもしれません。

 今日もしれっと、しれっと。

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工藤広伸(くどうひろのぶ)

介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(79歳・要介護3)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442

●「食べこぼしが増えた、ニオイが気になる…」介護の困ったお悩み9例に介護福祉士・認知症ケア専門士が回答

●認知症の母が作った衝撃の“鶏肉をサッと温めた”料理に息子がハラハラさせられた話

●在宅介護でぶつかる「認知症の壁」 仕事や家庭を守りながら続けるコツ【専門家解説】

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