『星降る夜に』8話を考察 一星(北村匠海)の抱擁!やられたらやりかえす『半沢直樹』から10年、ドラマは「赦し」を描き始める
吉高由里子演じる産婦人科医・雪宮鈴と北村匠海演じる遺品整理士・柊一星のラブストーリー『星降る夜に』(テレビ朝日系 火曜よる9時〜)。脚本は来年のNHK大河ドラマ『光る君へ』(吉高由里子主演)を手掛けることでも話題のベテラン・大石静。『鎌倉殿の13人』の全話レビューを担当したライター・近藤正高さんが8話を考察します。雪宮鈴を誹謗中傷し続けていた伴宗一郎(ムロツヨシ)に、鈴たちが示したのは「赦し」でした。いよいよ今夜最終回!
心の遺品整理
『星降る夜に』第8話では前回から引き続き、主人公の鈴(吉高由里子)を、伴宗一郎(ムロツヨシ)が出産直前の妻が死んだ原因は彼女にあると逆恨みして、執拗に付け回していた。そんな伴に鈴はどう対処するのか。警察に通報するなりして今後一切自分には近づかせないよう排除するのか、それとも伴の妻が亡くなった責任は自分にはないと改めて理解してもらうべく説得するのか……。しかし、鈴がとった態度はそのいずれでもなかった。
そもそも鈴は、劇中で遺品整理会社の社長・北斗千明(水野美紀)に話していたように、伴が自分を傷つけようとか殺そうとしているとはどうも思えず、彼もまた闘っているような気がしていた。
鈴にはもうひとつ気がかりなことがあった。それは、産院の同僚である佐々木深夜(ディーン・フジオカ)が最近、何だか元気がないことだ。深夜とは高校の同級生である北斗によれば、彼は10年前に亡くなった妻と住んでいた東京の自宅をまだ処分しないままでいるという。妻が出産直前に亡くなったのをきっかけに奮起して産婦人科医となり、そのことで悲しみを乗り切った深夜だが、それでもなお心には癒えないものがあったらしい。そこへ自分と同じ経験を持つ伴が現れたことで、それまでフタをしていたものが噴き出してしまったのかもしれない。
第8話では深夜が、産院の前に座り込んでいた伴と初めて言葉を交わすシーンもあった(2人は前回も産院で遭遇していたが、このときは伴が暴れ回り、話すどころではなかった)。このとき深夜は伴に、自分もあなたと同じだと、自らの経験を淡々と語って、かえって怒らせてしまう。このとき、伴から「何、一人乗り切った顔してんだ」と吐き捨てるように言われ、深夜が「僕が医者になろうと思ったのは、たぶん……復讐のためです」と口にしたのが気になった。深夜は一体何に対して復讐しようとしていたのだろうか。
鈴は伴と深夜、それぞれの思いを何とか理解しようと、恋人の一星(北村匠海)にも相談する。一星に言わせると、伴は鈴に甘えているという。取りつく島もないような冷たい医者なら、鈴にしたように暴れたりはしないというのだ。「(伴は)自分でもどうやって悲しさを鎮めたらいいのかわかんなくなってるんだよ」という一星の分析はじつに鋭い。深夜についても、“心の遺品整理”が必要なのかなと話す鈴に対し、「俺は最強だから、深夜の遺品整理もするし、今度あの男(伴)が来たら抱きしめてやる」と頼もしいことを言ってくれた。
考えてみれば、一星もかつて両親を事故で一気に亡くすという壮絶な経験をしていた。彼はそれをどうやって乗り越えたのか? そこには、遺品整理という仕事に就いたこと以外にも、自分を引き取ってくれた祖母・カネ(五十嵐由美子)が心の支えとなってくれたことも大きかったのだろう。
そのことは今回、カネが急病で倒れたときの一星のうろたえぶりからもうかがえた。カネは倒れた際、たまたま深夜が居合わせて適切な処置をとってくれたおかげもあり、一命をとりとめる。病院のベッドで意識を取り戻したカネは、目の前に一星がいるので、「ここはあの世か。おまえも死んだのか?」と冗談とも本気ともつかないことを言ったかと思うと、週末に友人たちを自宅に招いて開くはずだったホムパ(ホームパーティ)をリスケ(リスケジュール=予定変更)せねばとうろたえたりと、あいかわらずのひょうきんぶりで、視聴者をひと安心させた。
こんなふうにいつも明るく、前向きな祖母がいたからこそ、一星も悲しみを乗り越えられたに違いない。そればかりではなく、恋人の鈴を憎み続ける伴でさえ抱きしめてみせると豪語するような、他人を受け容れる寛大さも、きっとカネの影響から培われたものなのだろう。
そんな祖母譲りの一星の心の広さに、鈴もいつしか影響を受けていた。自分を攻撃し続ける伴を警察に通報したりせず、あくまで理解しようとしたのはその表れだし、深夜の心に寄り添いたいと、思い切って本人に持ちかけたのもそうだろう。もっとも、深夜に対して鈴は、思いが先走るあまり言葉が追いつかず、しどろもどろになるのがおかしかった。
「赦し」を描くドラマ
鈴がそうやって深夜に話しかけていたところへ、再び伴が現れる。しかし、どうも様子がおかしい。いきなり鈴にこれまでのことを謝ったかと思うと、海に突き出した突堤へ歩き出したのだ。
これと前後して、一星と会社の同僚の春(千葉雄大)が、伴の幼い娘がひとりでいるのを見つけていた。娘は「お父さんに捨てられた」と言うが、よく聞けば、以前からそんなことが何度かあって、そのたびに伴はあとで迎えに来てくれたという。
だが、今回は違った。伴は突堤を先へ先へと進み、海に飛び込もうとしていた。深夜と鈴は何とかそれを止めようとするが、突き飛ばされてしまう。もはや止められないと思われた矢先、「お父さーん」と娘の声。一星と春が連れて来てくれたのだ。伴は娘の声を聞くやピタリと足を止め、その場で泣き崩れる。この姿を見て一星がいても立ってもいられず駆け寄ると、先に言っていたとおり本当に伴を抱きしめたのだった――。
鈴が伴への対処として選んだ態度は「赦し(ゆるし)」であった。一星が伴を抱きしめたのは、彼女に代わってそれを示したといえる。おそらく伴も抱きしめられた瞬間、妻を亡くして以来ずっと恨み続けてきた鈴を赦したはずである。
赦しといえば、現在他局(フジテレビ系)で毎週月曜に放送中の『罠の戦争』でも、ちょうど同じ週の放送で、大きな展開があった。同作では草なぎ剛演じる主人公が、何者かに階段から突き飛ばされて意識不明の重体に陥った息子のため、さまざまな手段を用いて犯人捜しに躍起になっていた。
それが先週放送の回では、主人公の妻と被害者である息子(すでに意識を取り戻していた)のもとを犯人である青年が突然訪ねて来て、ついに謝罪したのだ。それまでの流れからすると、主人公は犯人を見つけ出して復讐におよぶものと思われた。だが、いざ現れた犯人から、つらい立場からついカッとなって犯行におよんでしまったこと、さらに自首したくてもできなかった事情を打ち明けられ、息子も妻も彼を赦すのだった。こうなると物語は、どうも単なる復讐劇では終わらない感じである。
思えば、「やられたらやりかえす、倍返しだ!」の強烈なセリフを吐く銀行員による復讐劇『半沢直樹』(TBS系)が放送されてから、もう10年が経つ。主人公の半沢直樹は、町工場を営んでいた父が銀行の融資を受けられなかったがために自ら死を選んだことから、復讐を期すべく銀行員となった。その劇中では半沢が敵対する相手をあの手この手で追い詰め、ついには土下座させるという展開が視聴者にカタルシスを与え、それが平成のドラマ史上最高の視聴率を記録するまでの大ヒットへとつながった。
しかし、本当の心のわだかまりは、たとえ相手に土下座させたからといって解消されるものではない。それどころか、かえって互いに恨みつらみが残り、分断を招きかねない。それは、この10年間に現実の世界で起こったさまざまな出来事からもあきらかではないだろうか。そこへ来て、「赦し」を描くドラマが出てきたことは、現実に向けて示唆を与えるかのようでもある。
『星降る夜に』はいよいよ今夜(3月14日)、最終話を迎える。鈴が望んだように、伴も一緒に星を眺めることになるのか。そして深夜はどのように過去を清算するのだろうか。一星はきっと深夜の心もしっかり“遺品整理”して、物語を大団円へと導いてくれるものと信じたい。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。