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『エルピス』の脚本家・渡辺あやが朝ドラ『カーネーション』でも描いていた「物事の両面」

「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて観直すと、意外な発見することがあります。今月は、昨年大きな話題を呼んだドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』の脚本家・渡辺あやによるNHK朝ドラ『カーネーション』(2011年)に注目、モチーフやテーマ性の共通点を歴史とドラマに詳しいライター、近藤正高さんが考察します。

渡辺あやとケーキ

 昨年、話題を呼んだドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』(関西テレビ・フジテレビ系)では、ケーキが印象的に使われていた。

 このドラマでは、長澤まさみ演じるテレビ局のアナウンサーと、眞栄田郷敦演じるアシスタントディレクターが、ある地方での連続殺人事件で死刑が確定した男性の冤罪疑惑を追究するなかで、政治的な圧力などさまざまな壁にぶち当たる。

 そのエンディングの映像では毎回、長澤まさみがケーキをつくるのだが、いざオーブンレンジで焼いて、扉を開くと、ケーキはどういうわけか真っ黒なかたまりになっていた。さらにその様子をテレビ画面越しに、三浦透子演じる一人の女性(ドラマのなかではバラエティ番組でメイクを担当している)がショートケーキを食べながら見つめており、回によっては女性がケーキを見つめているだけだったりするのが、何やら意味深であった。ケーキが出てくるのはおそらく、劇中で、その女性が中学時代に家出したとき、例の殺人事件で死刑囚となった男性が自宅に招いて温かくもてなしてくれたうえ、誕生日にはショートケーキを買ってきてくれたというエピソードにちなんだのだろう(ちなみにその日は男性が被害者のひとりを殺害した当日と断定された)。ただ、真っ黒でイチゴもドロドロになったケーキは、隠蔽された真実などさまざまな意味に解釈できそうである。

 今回とりあげるドラマ『カーネーション』(2011年10月から半年間、NHKの連続テレビ小説で放送)は、『エルピス』と同じく脚本家の渡辺あやの作品だが、ここでもケーキが登場する印象深いシーンがあった。

 主人公の小原糸子(尾野真千子)は大正初め、大阪・岸和田の呉服商の家に長女として生まれたが、子供のころに出会ったドレスに魅せられ、自分でもつくりたいと思ったのをきっかけに洋裁の道へと突き進んでいく。そんな娘の夢に父・善作(小林薫)は猛反対し、ときには力づくであきらめさせようとするが、それでもめげずに意志を貫く彼女を見て、しだいに手を貸すようになる。

 善作はやがて糸子が洋服をつくることを認めたものの、独立はなかなか認めず、テーラー、さらに生地屋で修業を積ませた。生地屋では糸子がある女性客の希望に応じて服を仕立てたところ、評判を呼び、客が殺到する。その間、善作のほうは商売が傾く一方で、いつしか家計を糸子が支えるようになっていた。彼女は20歳となったその年のクリスマス、奮発してケーキを買って帰宅する。事件はこのとき起こった。

 酔って帰った善作に、糸子が年明けにはここで洋裁店を開くと切り出すと、案の定、善作は反対するが、彼女はさらに「お父ちゃんより、いまはうちがよっぽどこの家を支えてるんや!」と積もり積もった不満をぶちまけた。激怒した善作は糸子の頬をはたくと、さらにちゃぶ台の上に置かれたケーキをひっくり返してしまったのだ。これには糸子の妹たちが悲鳴をあげ、楽しいはずのクリスマスは一転して地獄と化す。

 ドラマをリアルタイムで見ていた筆者は、このシーンを善作が暴君ぶりを全開にしたシーンとして強烈に覚えていた。しかし、今回その後の回とあわせて見返したところ、善作がケーキをひっくり返したのは、娘に家の主導権を奪われたことを認めたくない彼の最後のあがきであると同時に、敗北宣言ではなかったかと思い直した。実際、善作はこのあと、ひそかに周囲に根回しして、年明けには店を糸子に譲ることになる。

あんたの図太さは毒や!

 父親の反対をはじめ次々と訪れる試練に、糸子はけっして挫けることなく闘志を燃やしながら乗り越えていく。その意味では朝ドラヒロインの典型といえる。だが、作者の渡辺あやはそうした“絶対無敵”のヒロイン像を揺るがすような展開も忘れない。象徴的なのは、同じ岸和田の商店街で髪結い床(のち美容院)を営む“安岡のおばちゃん”こと安岡玉枝(濱田マリ)が、戦時中、糸子に投げかけたあるセリフである。

 発端は、安岡家の次男坊で、糸子の幼馴染の勘助(尾上寛之)が、日中戦争に出征したのち生還したものの、帰って来てからというもの引きこもってしまったことだ。心配した糸子が会いに行くと、勘助はぼんやりしたまま、心がなくなったとだけつぶやいて涙を流す。おそらく戦場で心に深く傷を負ったのだろう。いまならPTSDと診断されるところだが、この時代にはそんな概念すらない。

 その後、勘助はいくぶんか症状がやわらぎ、和菓子屋で店番として働き始める。これを知って喜んだ糸子は、勘助を喫茶店に連れ出し、彼がかつて片想いしていたダンサーのサエ(黒谷友香)と引き合わせるのだが、そこでまた症状がぶり返し、再び引きこもってしまった。その夜、雨の降るなか玉枝はものすごい剣幕で小原家にやって来ると、糸子を「みんながあんたみたいに強いわけ違うんや」と責め立て、最後には「いまの勘助にあんたの図太さは毒や!」とまで言い放ち、もう家には近づかないでほしいと告げたのだった(なお、2人は戦争が終わってから和解する)。

 この場面以外にも、『カーネーション』では糸子の言動が周囲の人物によって相対化されることが何度となくあった。たとえば、幼馴染の吉田奈津(栗山千明)は、糸子と同じく勝ち気な性格で、もともとは地元の高級料亭の一人娘だったが、父親が急死後、最初の夫に逃げられたあげく、料亭の経営不振で莫大な借金を抱えて病身の母親とともに夜逃げする。終戦後、糸子と再会したときには、自分の体を売って生計を立てざるをえない境遇にまで零落していた。奈津は言わば糸子のネガのような存在であり、その数奇な運命からは、逆に糸子がいかに人との出会いに恵まれていたかに気づかせてくれる。

 後半では、糸子が時代の流れに取り残されているのではないかと悩む姿が、同じくファッションデザインの道に進もうとしていた長女の優子(新山千春)と次女の直子(川崎亜沙美)が才能を開花させていくさまと対比的に描かれた。ドラマではこのあと、三女の聡子(安田美沙子)も同じ道を歩むことになる。

 ところで、書き忘れていたが、このドラマの主人公の糸子は、実際に岸和田で洋装店を営んでいたデザイナーで、やはりファッションデザイナーとなったコシノヒロコ・ジュンコ・ミチコの三姉妹の母親である小篠綾子をモデルにしている。

 劇中では、糸子が終戦直後に周防(綾野剛)という妻子持ちの仕立て職人と道ならぬ恋に落ちる様子も描かれた。これも小篠綾子の実体験にもとづいている。ただし、糸子が出会って数年後、周防に自分の店を持たせたのを機に彼との別れを決意したのに対し、小篠綾子は相手の男性とじつに25年間も交際を続けたという。小篠の自伝『糸とはさみと大阪と』(文園社)によれば、その男性は大変な子煩悩で、子供たちを彼女の戦病死した夫以上にかわいがってくれたらしい。このあたりはむしろ、糸子とは周防と同時期に知り合い、彼女の長年にわたる仕事のパートナーとなる北村(ほっしゃん。=現・星田英利)のキャラクターに近い。作者の渡辺あやは、物語の展開上、現実の小篠綾子の恋人をあえて2人の人物に分けたのだろう。

糸子役の交代

 筆者がリアルタイムで見ていたときにはあまり意識しなかったのだが、今回見返したところ、朝ドラでは異色な点に気がついた。それはほかの多くの朝ドラでは、主人公がたいてい夢を抱くなり、結婚するなりして(場合によっては家庭の事情で家族そろって)実家や郷里を離れるのに対し、『カーネーション』の糸子は生まれ育った岸和田の家からついに生涯離れなかった(亡くなったのは病院だったとはいえ)ということだ。

 その理由は、ドラマも終盤に入ろうとしていた第127回の劇中、糸子自身の口から語られる。このとき糸子は60歳となり、北村から一緒に東京に出ないかと誘われていた。しかし結局、彼女はこれを断る。自分の土俵は東京ではなく、やはりここだというのだ。

 北村と一緒に家の2階の窓際で酒を飲んでいた糸子はさらに「極楽も地獄もぜーんぶこの窓から見てきた。うちの宝はぜーんぶここにある」としみじみ語った。これに北村は、お互いもういい歳で、この先なくすものばかりだと言って、「おまえが言うちゃった宝かて、どうせ一個ずつ消えていく。人かてみんな死んでいくんじゃ。おまえがここにいちゃあたら、一人でそれに耐えていかなあかんねんど。しんどいど……ほなもん」と反論する。だが、彼女は聞く耳を持たず、こんなふうに言い返した。

「はっ……へたれが。ほんなもんわかれへんやろ。そもそもな、『なくす、なくす』って何なくすん。うちはなくさへん。相手が死んだかて、なーんもなくさへん。決めたもん勝ちや」「へたれはへたれて泣いとれ。うちは宝抱えて生きていくよって」

 実際にこのあとの彼女は、周囲にいた人の大半が亡くなってからも、その思い出を宝に.その後の人生を送ることになる。第127回では先の糸子と北村のやりとりのあと、時代が一気に12年後に飛ぶ。糸子は72歳となり、演じる俳優も尾野真千子から夏木マリへと交代した。さらに驚かせたのは、この回をもってそれまでの主要な登場人物のほとんどが一気に退場したことだ。続く第128回では、建て替えられた自宅で朝、目を覚ました糸子がまず、家の一角に並べられた懐かしい人々の写真にお供えをすることから一日を始める。

 糸子役の俳優の交代には当時、視聴者のあいだで賛否があったと記憶する。しかし、改めていまドラマを見返すと、これで正解だったように思う。終盤で糸子が歳をとってもなお新たな挑戦を続けるという展開は、やはりそれ相応の年齢の俳優が演じるのが自然だろうし、実際に夏木マリの演技はそう感じさせたからだ。もっとも、この時点で夏木も還暦になる直前で、尾野からバトンタッチした時点での糸子より10歳以上も若かったのだが。それでも終盤では特殊メイクをほどこしながら糸子が92歳で大往生するまでを演じきった。

 半年にわたる朝ドラの放送期間を存分に生かして、主人公の死まで余すことなく描いてみせたという点で、『カーネーション』はやはり朝ドラ史上特筆すべき作品である。終盤では、糸子がかつて憎しみを買った周防の家族と和解にいたる様子も描かれた。また、更生後に再婚して四国に旅立った奈津ともひょんなことから再会し、老人ホームへの入居を勧めることになる。晩年の奈津を演じた江波杏子がまた、それまで演じてきた栗山千明がそのまま年を取ったような雰囲気を漂わせ、違和感がなかった。

 糸子の死も意表を突くものだった。何しろ最終回を前にして亡くなってしまったのだから。しかし、彼女の存在はその死後、生前にかかわった人たちすべての宝となったことが最終回であきらかとなる。亡くなった4年後には、だんじり祭りに合わせて岸和田の家に大勢の人々が集い、明るく故人をしのんだ。さらに場面がその翌年、2011年10月に移ると、糸子本人がナレーションで「おはようございます。死にました」と挨拶し、自分は亡くなったあと、あらゆる場所を行き来しながら生きていることをほのめかす。

 そしてラストシーンでは、ひとりの老婆が病院のテレビの前で、糸子を主人公とする『カーネーション』の放送がスタートするのを見守るなか、尾野真千子と子役の二宮星演じる糸子が一緒に歌う第1回冒頭のシーンが再び流された。

現実に通じる回路

 朝ドラで、登場人物が最終回でそのドラマの第1回の放送を見届けながらラストを迎えたといえば、これ以前にも『おはなはん』(1966~67年)のケースがあった。しかし、『おはなはん』の最終回でドラマの初回を見届けたのが主人公のおはなはん本人だったのに対し、『カーネーション』ではそれが他人であった点が大きく異なる。

『おはなはん』では本人が自分を主人公としたドラマを見届けることによって物語が自己完結したといえる。しかし、『カーネーション』の場合、他者が見届けることで、糸子の物語はそのまま閉じることなく、むしろ大きく世界に開かれたのだと解釈すべきなのではないか。ちなみに、『カーネーション』の最終回を見届けた老婆はどうやら奈津という設定だったらしいのだが、劇中ではそれをはっきりと示すような説明はなかった(音声解説ではそんな説明があったような記憶もあるが)。したがって奈津と特定せずとも、糸子と同じ時代を生きてきたまったくの他人と受け取ってもいいような気がする。

 たとえフィクションでも、物語をその世界のなかだけで完結させることなく、現実に通じる回路をさりげなく用意しておくというのは、渡辺あや作品の特徴のひとつかもしれない。昨年の『エルピス』でも、本放送の劇中で、東京2020五輪招致での安倍元首相のスピーチなど現実のニュース映像を用いたことが話題を呼んだ(配信では残念ながら静止画像に変更されていたが)。また最終回では本来のテーマである冤罪疑惑が解決するも、物語の途中で発覚した別の問題は結局社会に公表されることもなく棚上げされ、見ている者に割り切れないものを残した。それは、世の中はけっしてきれいごとばかりではなく、物事には必ず両面があるという示唆でもあったのだろう。

 思えば、『カーネーション』でも、安岡のおばちゃんが戦後20年以上も経ってから、入院中にたまたま見たテレビの戦争番組で、息子が単に戦争の被害者というだけでなく、加害者であることに気づいたと、糸子に告白する場面があった。ドラマで戦争をとりあげるとなると、空襲や原爆などとかく日本人の被害ばかりが強調されがちだが、その意味では結構踏み込んだ描写であった。

 こうして振り返ると、渡辺あやが現実を常に意識しながら、微に入り細にうがつがごとき物語を作り込んでいることに改めて感服させられる。欲をいえば、渡辺にはぜひもう一度朝ドラを、今度はモデルのいないまったくオリジナルの人物を主人公に据えて書いてもらいたいところである。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある

 
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