伝説の『草燃える』義時は松平健、頼家は郷ひろみ 『鎌倉殿の13人』と比較してみた
「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて観直すと、意外な発見することがあります。今月は、1979年に放送されたNHK大河ドラマ『草燃える』を取り上げます。大好評放送中の『鎌倉殿の13人』と同じ時代を描いた名作を、歴史とドラマに詳しいライター、近藤正高さんが『鎌倉殿の13人』とも比較しながら考察します。
実質的な主人公は政子(岩下志麻)
好評放送中のNHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、源頼朝(大泉洋)が伊豆で挙兵後、平家を滅ぼすのと前後して鎌倉を拠点に政権の基礎を固めていくさまを、腹心である北条義時(小栗旬)の立場から描いてきた。始まって半年あまりが経ち、物語は頼朝の没後、その後継者に義時と姉の政子(小池栄子)の後押しにより嫡男の源頼家(金子大地)が就くも、直後には御家人13人衆の合議制が成立し、頼家が反発するなかで13人衆のひとり梶原景時(中村獅童)が鎌倉を追放されるところまで来ている。
大河ドラマで幕府草創期の鎌倉が舞台となるのは、いまから43年前の1979年に放送された『草燃える』(永井路子原作)以来である。こちらは現在、全51回分をダイジェストした総集編(全5回)がNHKオンデマンドなどで配信中だ。本作では主人公の頼朝・政子夫婦を石坂浩二と岩下志麻(いずれも当時38歳)が演じたが、頼朝は『鎌倉殿』と同じく物語の途中で死ぬので、実質的な主人公は政子といえる。
政子だけでなく、史料では頼朝が亡くなるまではさほど目立った活躍のない北条義時も、冒頭から準主役として登場する。義時に扮したのは、『鎌倉殿』では平清盛を演じた松平健だ。松平はちょうどこの前年より『暴れん坊将軍』で主人公の徳川吉宗を演じ、時代劇界の新星として注目されていた時期である。このほか、頼朝の側近・安達盛長を演じた武田鉄矢も、この年10月には『3年B組金八先生』がスタートして当たり役となるなど、『草燃える』の出演者には前後してブレイクした俳優が目立つ。当時、劇団四季に在籍した滝田栄もそのひとりで、のちの大河『徳川家康』(1983年)では主演も務めた。
『鎌倉殿』より先だったのだ!
滝田が『草燃える』で演じたのは伊東祐之という人物だ。本作の全編を通して登場する祐之は、その名の示すとおり伊豆の豪族・伊東氏の人間ながら、ドラマオリジナルの架空のキャラクターである。祐之は政子に恋心を抱き、親友である義時に仲介を頼んでいた。当の政子はちょうどそのころ、兄・宗時(中山仁)や三浦義村(藤岡弘=現・弘、)たちの勧めにより、当時流人だった頼朝と手紙のやりとりを始め、すっかり彼のとりこになる。じつは宗時が政子に頼朝を紹介したのは、平家打倒のため坂東武士を糾合すべく、源氏の嫡流である頼朝と北条を結びつけようという思惑からであった。
しかし、赴任先の京から戻った北条氏の長・時政(金田龍之介)は、娘の政子の結婚相手を平家の目代・山木兼隆(長塚京三)と決めており、頼朝との結婚に猛反対する。そこで宗時たちは、政子と頼朝を伊豆山権現で駆け落ちさせる計画を立てた。このとき政子を館から馬で連れ出す役目を任されたのが祐之だ。ただし、彼には頼朝のことは知らされておらず、てっきり政子は自分についてくるものとばかり思い込んでいた。ところが彼女は伊豆山権現の前で馬を降りる。祐之は引き止めようとするが、その場で男たちに取り囲まれ、暴行されているうちに政子は頼朝のもとへと去ってしまった。
祐之はこのときの屈辱から頼朝と北条に深い恨みを抱き、義時とも絶交、復讐を期すようになる。頼朝の挙兵時には敵の平家方として戦い、敗北を喫すと京に逃れた。そこで苔丸(黒沢年男=現・年雄)という盗賊の一味に加わるほど落ちぶれるが、やがて苔丸たちとともに源義経(国広富之)に加勢したり、のちには曽我兄弟に頼朝暗殺をそそのかしたりと、数奇な運命をたどる(曽我兄弟の仇討ちを頼朝暗殺計画として描いたのは、じつは『草燃える』が『鎌倉殿』より先だったのだ!)。そのなかで義時の前にもことあるごとに現れ、そのときどきの彼を映し出す鏡のような存在となっていく。
色恋沙汰が大きな要素
祐之が失恋により人生を狂わされたことを含め、『草燃える』では男女の色恋沙汰が物語を動かす大きな要素となっている。脚本を手がけた中島丈博は後年、『真珠夫人』や『牡丹と薔薇』などの昼ドラでドロドロの愛憎劇を描いてヒットを飛ばすが、その片鱗はすでにこのとき表れていた。何しろ主人公の頼朝は大の女好きである。そのために劇中では義時もひどい目に遭わされる。
義時は、平家方の豪族・大庭景親の娘である茜(松坂慶子)に惚れ、敵味方の関係を超えて一緒になっていた。『鎌倉殿』で新垣結衣が演じた八重(やはり平家方の豪族・伊東祐親の娘)に相当する存在だが、八重が頼朝の最初の妻として史料などで語り伝えられているのに対し、茜はまったくの架空のキャラクターである。
この茜をあろうことか頼朝が寝取ってしまう。それだけでもひどいが、頼朝は義時にこのことは二人だけの秘密にしようと、政子に対し口止めまでしたのだから、まさにゲスの極みである。当の茜は頼朝に手込めにされたショックから、京へ去ってしまう。すでに身ごもっていた彼女はそこで出産し、生まれた男児を鎌倉で育ててもらうよう送り届けた。義時はこの子の父が自分と頼朝のどちらなのかと悩み、ついには茜から真相を聞き出すべく、平家との戦いに身を投じ西へ向かう。彼女と再会したのは何と壇ノ浦。源平最後の合戦は、義時と茜の別れの場にもなってしまった。
頼朝の女好きは『鎌倉殿』でも描かれたとはいえ、大泉洋演じる頼朝はさすがにここまでひどくはなく、浮気をしてもどこか憎めないところがあった。しかし、石坂浩二演じる頼朝にはどうにも同情しがたい。そもそも彼は人としての感情をどこかに置いてきたかのような雰囲気を漂わせ、たまに感情をあらわにしても、じつは演技のふしがある。その証拠に、弟の義経が黄瀬川で再会した頼朝の言葉に感激したのに対し、その上の弟・阿野全成(伊藤孝雄)は、頼朝は自分と再会したときも同じことを言っていたと明かしていた。
そんな頼朝だが、奥州藤原氏を滅ぼしたあとで、義経が自害した衣川の館を訪れると、彼の名の入った矢を見つけて泣き崩れる。『鎌倉殿』で義経の首の入った桶に語りかけながら号泣した大泉頼朝も印象深いが、『草燃える』で床をなめるように慟哭する石坂頼朝は、それまで人間らしい感情をほとんど見せてこなかっただけに、より衝撃的であった。
頼朝の嫡男・頼家もまた父から女好きな性格を受け継いだ。『鎌倉殿』のつい最近の回(7月24日放送分)では、頼家が御家人・安達景盛の妻と不倫したあげく、景盛に彼女を譲るよう迫って、政子から諫められていた。それでも彼が景盛の妻とそういう関係になったのは、あくまで双方合意のうえだった。
これに対し『草燃える』の頼家(郷ひろみ)は、側近たちに命じて安達の館から強引に妻(ここでの名前は瑠璃葉/岡まゆみ)を連れ去ったのだからひどい。その際、止めようとした盛長にまで大けがを負わせている。さらには御所で彼女に強引に抱きついているところを政子から咎められても、なおもやめず、むしろ見せつけようとする。頼家を演じた郷ひろみはこのころアイドルからアダルトなイメージへと脱却しつつあったとはいえ、ファンはこうしたシーンに結構ショックを受けたのではないか。ちなみにこのとき寝取られた側の安達景盛を演じたのは火野正平である。当時、プライベートで何人もの女性と浮名を流していた火野をこんな役に充てたところに、ちょっと皮肉を感じないでもない。
三谷幸喜の思い入れ
さて、『草燃える』でいまなお語り草となっているのは、北条義時の豹変ぶりである。頼朝に寝取られた頃はまだ純朴だった義時が、頼朝の死後、姉の政子に実権を握らせると自身はその裏で策略をめぐらし、政敵の粛清もいとわないようになる。ドラマも終盤に来て、元妻・茜そっくりの小夜菊(松坂慶子・二役)という女性が現れると、その言い分を聞いてやると誘って寝てしまう好色ぶりも、かつての頼朝を思わせた。
義時の変わりようは劇中でも、父・時政から「そなた、食えぬ男になったのう」「政子の陰に隠れ、目立たぬように目立たぬようにと振る舞いながら、涼しい顔で人を陥れる。治承の旗揚げ(頼朝の挙兵)のときにはいやいや戦に加わり、人もよう殺せもできなんだ男が、それがいつのまにやらこのような薄気味悪い奴に……」と言われたあげく、悪党呼ばわりされるほどだった。そんな老獪さを、放送当時、実年齢では25~26歳だった松平健が演じきったところにやはり驚かざるをえない。
『鎌倉殿』の作者である三谷幸喜は、高校時代に観た『草燃える』での頼朝の最期に納得いかなくて、自分がそれを描くにあたっては、意識不明となった頼朝を最後の最後に一瞬だけ蘇らせるなど救いのあるものに仕立ててみせた。
筆者が思うに、三谷は頼朝の死だけでなく、その娘・大姫についても自分なりに描き直したかったのではないか。大姫は、許嫁だった木曽義高が、頼朝と敵対した木曽義仲の嫡男ゆえに殺されてしまって以来、心に大きな傷を負う。のちには彼女を後鳥羽天皇の后とすべく頼朝は入内工作を進めるも、結局それも果たされずに終わり、失意のうちに早世した。
『草燃える』では、大姫(池上季実子)が入内工作のため一家で上洛した折、ある巫女のもとへ連れていかれる。彼女はそこで義高の霊を憑依させた巫女と会話するうち、夢のなかで義高(長谷川裕二)と再会した。だが、彼は幼い頃の大姫(斉藤こず恵)に夢中で、成長した彼女が誰かわからないまま拒絶する。絶望した大姫はその後、子供の頃のように髪を短く切ったりと狂乱状態に陥ってしまう。
『鎌倉殿』でも、大姫のことを心配した叔母の実衣が夫の阿野全成に義高が憑依したふりをさせ、「もう忘れてください」などと言わせていたが、当の大姫はすぐにそれを芝居と見破り、もう立ち直ったかのように振る舞ってみせた。同時にこれが彼女が入内を決意するきっかけとなる。もちろん彼女は最後には義高を忘れられないまま死んでいくとはいえ、一瞬ながら回復の兆しを見せ、視聴者に救いを感じさせたところに、三谷幸喜の大姫への思い入れがうかがえる。
通常放送回を確認したい
『鎌倉殿』は、『草燃える』の総集編でいえば第4回の「頼家無惨」に相当するパートに入った。今後、鎌倉幕府内では御家人どうしが抗争が繰り返すなか、源氏将軍が途絶え、北条氏が完全に政権を掌握する。どう考えても明るい展開にはなりそうにはないが、一体、ドラマではどんなふうに描かれるのか。ちなみに『草燃える』のラストは、政子が夫も子供も孫も自分の愛していた者たちはみな先に逝ってしまったと泣きはらしたあと、琵琶法師が『平家物語』を弾き語るなか、彼女の物憂げな表情のアップで終わる。これはこれでありとはいえ、『鎌倉殿』にはもう少し希望のある終わり方を期待してしまう。
なお、『草燃える』の映像はNHKにはかつて総集編しか残っていなかったものの、その後、一般視聴者が録画したテープを募集するなどして通常放送回もすべてアーカイブ化されるにいたった。それらは現在、全国のNHKの放送局などに設けられた公開ライブラリーで視聴可能とのことだが、あいにくコロナ禍でライブラリーを閉鎖しているところも少なくない。筆者もじつは通常回は未見なのだが、総集編ではよくわからないところもあるだけに(たとえば、茜の生んだ男児を義時が自分の子と認め、嫡男・泰時として育てあげるまでの経緯は総集編ではカットされている)、いずれ世の中が収まったら、ぜひ確認したい。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある