「物盗られ妄想」が起きた認知症の母に言ってはいけない言葉とは
認知症は、その特有の症状で本人も介護する家族も困ってしまうことがある。その1つが「物盗られ妄想」だ。介護者は身に覚えのない疑いをかけられると、病気のせいとはわかっていても、切なくなる場合も多いだろう。
介護作家の工藤広伸さんは、盛岡に住む認知症の母を東京から遠距離で介護中。現在、書籍やブログ、講演でその介護経験で学んだことや実践したことなどを積極的に発信している。
当サイトのシリーズ「息子の遠距離介護サバイバル術」でも、家族の介護をする人ならではの視点で語られる介護術が、すぐに役立つと話題。
今回は工藤家でも起こる母の「物盗られ妄想」について教えてもらった。”しれっと介護”がモットーの工藤氏はどのように対処しているのだろうか。
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認知症の人が、自分でしまったはずの財布や貴重品などの置き場所を忘れてしまい、身近な家族や介護者に向かって、「お金がなくなった」、「あんたがわたしの財布を盗った」と言って、泥棒扱いをしてしまうことがあります。
このような症状は「物盗られ妄想」と呼ばれ、認知症の人の記憶障害が原因と言われています。認知症の人に限らず、自分の非を認めたくないという気持ちは誰にでもあると思うのですが、自分自身を守るためについ、他人のせいにしてしまうということもあるようです。
母にも同じ症状があるので、わが家の物盗られ妄想がどういったものかを、今日はご紹介したいと思います。
身近な介護者であるのに泥棒扱いされない理由
母がよくなくすものは、ハサミ、爪切り、化粧用スポンジ、メガネ、財布、お金などです。
在宅介護であれば、身近な家族が物を盗んだと疑われることが多いようですが、母の場合は一番身近である息子のわたしを、疑うことはありません。
「化粧用スポンジをね、この前持っていったのよ」
母がこう言う場合、化粧スポンジを盗った犯人はわたしではなく、娘(わたしの妹)だと思っています。おそらくですが、息子は男性で、化粧をする習慣がないという判断ができているから、わたしは疑われないのだと思います。
しかし、こういう日もあります。
「ようちゃん(義弟)がメガネを貸して欲しいと言って、持っていったわ」
メガネは個々の目の状態に合わせて作るので、度数の合わないメガネを義弟が持っていくはずがありません。そのことは母も理解できると思うのですが、自分の非をどうしても認めたくないのか、義弟を犯人にすることがよくあります。
化粧用スポンジもメガネも、結局は家の中から見つかるので、妹や義弟は犯人ではないのですが、母自身がどこかにしまい忘れたことは、認めたくないようです。
どちらのケースも、わたしは犯人扱いされないので、介護者としてのストレスはそれほど大きいものではありません。妹夫婦も、母と一緒に居る時間はそう長くないですし、本人たちに向かって「盗ったでしょ」とは言わないので、ストレスを感じていません。
その代わり、母が探している物が見つかるまで、物盗られ妄想を繰り返すという特徴があります。しばらく時間をおいて、母が探していたものを忘れてしまうまで待つようなこともあります。
一般的な「物盗られ妄想」対処法とわが家の工夫
認知症の人から、物を盗られたとあらぬ疑いをかけられ、介護者とついケンカになってしまうことはよくあります。一生懸命介護してきたのに、自分が泥棒扱いされるという、恩を仇で返す言動に、多くの介護者はストレスを感じてしまいます。
わたしもその症状に驚き、認知症の本や講演会などで勉強して対処法を学び、実践しました。こんなとき、介護者はどう対処するのが正しいのでしょう?
一般的に言われている対処法は、「妄想を否定しない」、「一緒に物探しをする」というものです。
母の妄想の場合、わたしは、
「そうだね、化粧スポンジ持っていったよね」
「どれどれ、メガネを一緒に探してみようか」
と対処するといいようです。
「また、どこかにしまい忘れたんでしょ!」
と怒鳴ってしまいそうになりますが、母はしまい忘れたことを認めたくないので、これだけは、なるべく言わないようにしています。
この対処法を母に試したことが何度もあるのですが、母が探している物が見つからない限りは、自分以外の誰かを疑い続けるため、根本的な解決にはなりませんでした。
しかし、毎日毎日、母と一緒に物探しを続けると、母が片付ける場所の傾向や規則性が見えるようになってきました。
物が見つかると母の頭の中から犯人がいなくなる
最初は家中探していたのですが、1年も経つと、物がある場所を予測できるようになり、探す部屋を絞るようになりました。次第に、探す時間が短縮されるようにもなりました。
タンスの引き出し、化粧ポーチの中、コタツの中など、母が無意識に片付ける場所が決まっていて、わたしがそこを探して物を見つけ、すぐ母に見せるようにしました。物が見つかると母は安心するようで、母の頭から犯人はいなくなります。
また、母が「あら、わたしが置き忘れたのね。年をとるとこれだから駄目ね~」と、自分の非を認めることもあります。
探すことを諦めた銀行の通帳が、3年ぶりにタンスの中から見つかったこともありましたし、財布の紛失届を警察で書いたあとで、家の中から財布が見つかったこともありました。常に物を見つけられるわけではないのですが、いつかどこからか出てくるだろうという感じで、わたしは気長に構えています。
現実の世界にない物を盗られたと言われると、こういった物探しはできないのですが、現実にあるものならば、物を早く見つけてあげて、認知症の人の不安を解消するというシンプルな方法もありかもしれません。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)