連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第171回「にぃさんぽ」悪夢再び その1】

 若年性認知症を患う兄が、突然家から姿を消してしまうという大騒動があったのは今年の春のことです。兄は無事でしたが、警察に捜索願を出し、見つかったのは、翌日、それも自宅からかなり離れた県外でした。それから半年が過ぎ、またもや兄の行方がわからなくなってしまったのです。その顛末を3回にわたりお伝えします。

 * * *

 朝、「おはようさん」と兄の部屋のドアを開けると、無造作に敷かれたお布団があるだけで、人の気配がありませんでした。そうです、また兄が消えたのです。

→第146回を参照

(※すでに無事に帰ってきて、元気にデイケアも行きましたのでご心配なく)
(※「にぃさんぽ」は「兄さんのひとり散歩」の略byツガエ)

「冷たくしちゃったからな…」と猛省するのもいつものことなら、「そういえば夕べは少し変だった」と思うのも、そうなってみないとわからない相変わらずのポンコツ介護者でございます。

 そもそも兄がうっとうしくて仕方がなく、1日の大半をわたくしは自室のパソコンにはりついておりまして、「一緒に住んでいるだけありがたく思ってよね」というゆがんだ心根で暮らしておりますゆえ、優しい言葉がけや温かみのある態度に乏しいところがございます。

 兄が消えた前の晩、兄がいつも以上にわたくしの部屋の引き戸の隙間から顔をのぞかせるものですから、「な~に?何か困ってる?」と何度訊いたかしれません。そのたびに兄は妙にニコニコした笑顔で「いや別に、ごめんね」というだけでした。そう、いつも以上に気味が悪かったのです。

 11時半を過ぎ、わたくしも眠くなったので、隙間からのぞく兄の顔に「もう11時半だから寝るよ。おやすみなさい」と言って、15cmほど開けていた戸を静かに閉めました。鍵がないので養生テープで戸が開かないようにするのはもはや日課でございます。

 兄はテレビをつけたまま自室に行ってしまうことが多いので、兄が自分の部屋に行った気配を見計らってテレビを消すのもわたくしの役目。そう思ってしばらく聞き耳を立てていると掃除機をカチャカチャ触っている音が聞こえました。「今頃なんで掃除機をいじっているんだ?」とは思いましたが、「別にいいか」と思い、「早く自分の部屋に行ってよ」と思っていたら、そのうちに寝落ちしてしまったのでございます。

 ふと起きると深夜2時頃でございました。トイレに行くため養生テープをはがしてリビングに出ると、テレビが消えており、トイレの前に行くと兄の部屋のドアの隙間からいつも漏れている明かりがありませんでした。兄は大抵電気をつけっぱなしで寝ているので「おや?」と思いながらも「今日は消して寝たんかい」と楽観視してしまい、御用を済ませてまたすぐに寝てしまいました。

 そして朝、いつものように掃除機をかけはじめたとき、ふと気になって兄の部屋をノックしたのです。いつもなら「ふぁい」という寝ぼけた声が返ってくるところ、何度ノックしても無音だったのでカチャッと開けるともぬけの殻でございました。

「さぁ、どうしましょう?」と「またか…」という感情が入り混じる中、とりあえずはトイレの中やベランダやお風呂場をのぞき、いないことを確認いたしました。

 玄関に行くと、鍵が開いており、玄関の扉を開けると、門扉が中途半端に開いておりました。外に出たことは明らかでございます。前回のことがあったとき、しばらくは門扉にチェーンをかけて寝ていたのですが、ここ2~3か月はすっかりさぼっておりました。

 下駄箱に靴は揃っており、前回同様スリッパのままの逃走でございます。

 いったん落ち着こうと思い、リビングを見渡すと掃除機のすぐそばに置いてあったデイケア用のボストンバッグがなくなっていることに気づきました。夜カチャカチャ掃除機をいじっていた音の正体は、バッグを取ろうとして掃除機が動いてしまったので戻そうとしていたに違いありません。その段階でわたくしが「何やってるの?」と声をかけていたら、事件は起きなかったと思われ、とても悔やまれました。

 バスタオルや着替えを一式入れておいたそのバッグを持って行ったのです。「これは覚悟の家出か?」「もう帰ってこないつもりなのでは?」と考えたら、夕べの笑顔が「バイバイ」と言っているように思い出されて切なくなりました。

 朝は日差しがありましたが、路面は濡れていて夜は雨が降っていた様子。もちろん傘を持って行くような知恵はございません。

 日曜日だったので管理人さまもデイケアセンターもお休みです。とりあえずマンション内に潜んでいないかを確認しに、5階から駐車場、ゴミ置き場まで駆け回りました。そしてケアマネさまにいなくなったことをお知らせして、わたくしは兄の写真を持って前回同様、交番へと向かいました。

次回につづく…。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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この記事へのみんなのコメント

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    部屋に鍵がかからないというのは、ふすま(引き戸)だからではないかと思います。でも、そのふすまを固定できるベンリーしまりというのが大きなホムセンなどに売っています。鍵とは違いますがご検討くださるとよいかも。工事不要で、サッシなどの補助錠としても使えます。

  • のーべんばあ

    まずは今回もご無事ということで、ひとまずほっとしています。何度も警察のお世話になるのも心苦しいものですよね。 何が理由でいなくなるかは、本人に聞いても分からないですし、あまりご自分を責めないでくださいね。認知症の方って本当に人の目をかいくぐって行方不明になるものですよね。言葉は悪いですが、こんなときはやけに頭が働くんだなと思います。逆に言えばもうほとんど機能しない脳で全身全霊をかけてここではないどこかへ行こうとしているのでしょう。お兄さんは優しい方なので、もしかしたらときどきふと我に帰り、妹に迷惑かけて申し訳ない、いたたまれないと思い出ていってしまうのかもしれないですね。といってもこれも想像なので、実は単にパチンコに行こうとしていただけかもしれません。ケアマネさんともう一度対策を考えて、少しでもつがえさんのご苦労が減りますよう。

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