86才で学院長を務める料理家・江上栄子さんが教える「黄金色の一番だし」と季節の料理
86才の現在も生徒たちに料理を教えているという江上料理学院学院長・江上栄子さん。長年に渡る料理人生で行きついた答えには、後世に伝えていきたい日本人ならではのやさしさが詰まっていました。
本当の料理の仕方も知っておいて欲しい
「心を込めて作った料理は、幸せを感じさせてくれるものです。そこにちょっと盛り込まれた季節感や美しさを感じることができたら、心の余裕はさらに広がりますね」
と話す江上栄子さんは、日本の食文化の先駆けとして、90年以上の歴史を持つ『江上料理学院』の学院長を務め、86才の現在も週に4、5回の授業を受け持つ。
「先代から引き継いだ学院には、のべ10万人以上の卒業生がいます。授業では伝統的な料理を伝統的な作法でお伝えしています。昔と違って、いまは皆さんとてもお忙しいから手軽に料理をすることがもてはやされますが、『本当はこうやるんですよ』ということも知っておいてほしいんです」
江上さんが「おいしい料理作りの基本」と考えるのが、だし。いまや便利な市販品が数多くあるが、昔ながらの道具を使って正しいだしの取り方を教えている。
「かつお節と昆布を使っただしには日本人の創意工夫が詰まっているからこそ、あのおいしい味わいが出せるんです。昔はどこの家庭にもかつお節を削る道具があって、音を聞くだけで『今日は○○が当番ね』って、誰が削っているのかわかるほどでした。いまは市販の削り節を使ってもいいと思いますが、授業ではかつお節を削るところからやるんですよ。漉すときは、専用の『だし漉し』を使います。面には絹が張ってあって、この目がとても細かいの。
一番だしはお吸い物などに使うものですから、濁りがあってはダメ。血合いが多いかつお節を使うと色が悪くなるし、漉すときにぎゅうぎゅう絞ると濁ってしまいます。こうした昔ながらのやり方は、確かにちょっと面倒ですよね。いまは材料も高いですし、生活も昔とは変わりましたから毎回は難しいかもしれません。でも、10回のうち1回でもいいから、昔の人と同様に手間をかけてやってみると、“おいしい”という意味がわかると思います」
一番だしの取り方
(出来上がり約5カップ分)
【1】昆布を火にかけ沸騰直前に取り出す
昆布1枚は指で砂などを落とし、水でさっと洗い流す。鍋に水5 1/2カップと昆布を入れて30分〜1時間置いてから中火にかけ、煮立つ寸前に昆布を取り出す。
【2】かつお節を加えて蒸らす
【1】の鍋にかつお節15gを入れ、すぐに蓋をして火を止める。
【3】かつお節を加えて蒸らす
そのまま1~2分蒸らし、漉し器などで漉す。
【4】黄金色のだしが完成
濁りがなく上品な味の一番だしは、お吸い物などに使う。
料理を通じて季節感を味わう楽しみを残したい
もうひとつ、江上さんが大切にしているのが季節感。「日本料理の魅力は、四季を楽しめること」だと話す。
「日本には四季があって、季節によって食材も変わります。今日作った炊き込みご飯や土瓶蒸しは、季節の食材を使っておいしく手軽に作れる和食です。生徒さんたちはできあがった料理を見て『ハードルが高そう!』って言うんですが、皆さん、作り方を知らないだけ。やってみるとそんなに大変じゃないのよ。
例えば、お店でおいしそうなきのこを見つけて『今日はきのこご飯にしよう』って思えたら、秋が楽しくなりますよね。季節を感じられる日本の料理は本当にすばらしく、そういうことを知っていると人生が楽しくなります。『贅沢』と『楽しさ』は違っていて、お金をかけなくても楽しむことはできます。ぜひ料理を通じて季節感を味わう楽しみを残していってほしいと思います」
村上さんレシピ:秋の香りご飯
秋を感じる食材を使ったおいしく手軽に作れる炊き込みご飯
材料(4~5人分)
米…2合
ぎんなん…16個
栗…8個
鮭切り身(薄塩)…2切れ
しめじ…50g
黄菊…適量
(A)
みりん…大さじ1
酒…大さじ2
塩…小さじ1弱
薄口しょうゆ…小さじ11/2
<作り方>
【1】米は洗って釜に入れ、水位よりも少し少なめの水を入れて30分~1時間置く。
【2】ぎんなんは鬼皮をとり、小鍋に入れてひたひたの水(分量外)を加えて火にかける。ぎんなんが煮えたら穴あき玉さじなどでこすりながら渋皮をむく。
【3】栗は鬼皮と渋皮をむき、水(分量外)につけてアク抜きをする。
【4】鮭はひと口大に切る。
【5】しめじは1~2本にほぐす。
【6】【1】に(A)を入れ、分量の水位まで水(分量外)を加える。【2】【3】【4】【5】を上に散らし、炊飯する。
【7】炊きあがったら混ぜて器に盛り、黄菊の花びらを散らす。
村上さんレシピ:きのこの土瓶蒸し
「土瓶蒸は季節感を楽しめる料理です」
材料(4人分)
しいたけ…4枚
エリンギ…小2本
えび…4尾
三つ葉…8~12本
鶏胸肉…小1/2枚
一番だし…31/2カップ
塩・しょうゆ…各適量
すだち…1個
<作り方>
【1】しいたけは軸を除き、2つに切る。エリンギは縦に4つ割りにし、長さを半分に切る。
【2】えびは殻をむき、背わたを取る。流水で洗って水気を拭き、塩少量を振る。
【3】三つ葉はさっとゆでて、結び三つ葉にする。
【4】鶏胸肉は皮を除き、薄くそぎ切りにして、塩適量を振る。
【5】だしを煮立てて、塩としょうゆで味を調える。
【6】土瓶蒸しの器に【1】【2】【3】【4】を入れ、【5】の熱いだしを加える。コンロに焼き網をのせ、土瓶の蓋をして火にかける。だしがひと噴きしたら火を止める。
【7】蓋の上に切ったすだちをのせる。
■日本の食文化の奥深さが詰まった道具や器で心も豊かに
ご飯茶碗の蓋には、桜の皮で季節の花が留められるようになっている。土瓶蒸しの容器は、そのまま蒸し器や直火で熱することで、だしと素材のおいしさを一滴残らず味わえる。
「日本料理では、食材の数は奇数がよいとされています。献立を考えるときも、具材が5つか7つになるようにするんですよ」
教えてくれた人
江上栄子さん/江上料理学院学院長
パリの『コルドンブルー料理学校』のグランディプロムを取得後、世界60か国の家庭料理の研鑽を重ね、日本の家庭の味の向上に貢献。諸外国との関わりも深く、2016年フランス農事功労章オフィシエ受勲。
撮影/玉井幹郎 取材・文/青山貴子
※女性セブン2022年9月29・10月6日号
https://josei7.com/
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