認知症の母がトイレも忘れて夢中になる不思議な行動 案じた息子が取った対策と母に用意した「お楽しみグッズ」
岩手・盛岡で暮らす認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。最近の母の行動で気になるのが、棚や引き出しの整理整頓に集中しすぎること。棚や引き出しの中のものをすべて出し、何時間もかけて並べているという。それ自体は問題ないのだが、心配なことが出てきて――。不思議な母の行動にどう対処すべきか、息子が取った対策とは。
執筆/工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(82才・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。
著書『親の見守り・介護をラクにする道具・アイデア・考えること』『親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと』(翔泳社)『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』(PHP研究所)など。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442
整理整頓が好きだった母
母は元々几帳面な性格で、料理や掃除、整理整頓が好きな人でした。認知症になった今も変わっていません。ただ最近、こだわりが強くなってきていて、居間にある飾り棚の中のこけしや小さな人形、キーホルダーなどを2時間以上かけてキレイに並べる日があります。
飾り棚のすぐ下にある引き出しの整理整頓も好きで、母は30年以上前の家電の説明書や野球選手のサインボールなどを畳の上に広げています。あまりにも夢中になりすぎてトイレに行くのを忘れて、紙パンツからの尿漏れに気づかず畳に何度かシミを作ってしまったこともありました。
母の整理整頓好きは問題ないのですが、認知症の進行とともに心配事が増えてきたため、対策を始めました。
2つの心配なこと
心配事の1つ目は、今まで興味のなかった場所も整理整頓の対象になってしまったことです。電話やWi-Fiルーターを置いている場所の整理整頓を始めるようになり、ルーターを移動して電源やLANケーブルを抜こうとしていたこともあります。その様子を東京から見守りカメラでみていたわたしは、いつネット環境が切れるかとハラハラさせられました。
実家でインターネット環境が使えるのはWi-Fiルーターがあるからで、もしルーターが止まってしまったら、見守りカメラはもとより、エアコンの遠隔操作もできなくなってしまいます。
実家に帰省したとき、ルーターを母の見えないところに移動して解決しましたが、母に絶対に触って欲しくないものは隠すしかなさそうです。
心配事の2つ目は、母が物の用途を理解できなくなっていることです。過去に冷蔵庫の整理整頓をしていて、冷蔵庫の消臭剤を誤食したり、食器用洗剤を誤飲したりして、大慌てしました。
母が誤飲、誤食をした消臭剤や洗剤は、母の手の届かないところに置いたり、鍵のかかった保管庫に保管したりして、対策済みです。母は台所にあるものを口にしがちなので、台所を中心に誤飲、誤食の対策をしてきましたが、今後は他の場所も必要になると考えています。
たとえば居間には、釘やネジ、ハサミも置いてあります。母は用途を理解していないため、誤って口の中に入れる可能性もあります。整理整頓しているうちに、手に傷ができたり、出血したりする恐れもあるでしょう。
母はひとり暮らしなので、できるだけ不要なものは置かないほうが誤飲や誤食のリスクを減らせますし、ケガの心配もなくなります。そう思って必要のない家電の説明書やサインボールをわたしが全部片づけ、引き出しの中は空になりました。
そのままでもよかったのですが、なんとなく寂しい感じがしたので、母が喜びそうなある物を引き出しの中に入れてみました。
引き出しの中にそっと入れておいたもの
母が喜びそうな物とは、寝室でほこりをかぶっていた舟木一夫さんの写真集です。母は学生時代から舟木さんの大ファンで、初期の認知症だった70代のころはしっかり覚えていたので、舟木さんが出演したコンサートに一緒に行ったこともあります。
→認知症の母の“推し”は舟木一夫 息子がコンサートに連れて行った日の気づきと9年ぶりのうちわ
認知症が進行した今は、舟木さんの写真を見ても、誰なのか分からなくなってしまいました。整理整頓の最中に舟木さんの写真集を何度も見て、ファンであったことを思い出してくれるかもしれない、そんな淡い期待も込めて置いてみました。
他にも、母や亡くなった祖母の20代の頃の写真を引き出しに入れました。舟木さんは思い出せなくても、自分の若い頃なら覚えているはずです。
夢中になって不要な物を整理整頓するのもいいのですが、たまには手を止めて自分の若い頃の写真を見て、何か刺激を得て欲しいという願いを込めて写真を置きました。
こんな仕掛けをすると、母はますます飾り棚の前から動かなくなってしまう可能性はありますし、尿漏れも増えるかもしれません。その代わり、昔の記憶を少しだけ思い出すようになって、認知症の進行がゆっくりになったらいいのにと思っています。
舟木さんの写真集と母の若い頃の写真を引き出しにセットして、わたしは東京の家へ戻りました。母が引き出しの整理整頓をしている姿を、見守りカメラで確認しようとしたのですが、ちょうどカメラの死角になっていて母が何をしているのか確認できませんでした。
そのあとで岩手の実家に帰省した際に、引き出しの中を確認したら配置が変わっていたので、おそらく母は自分の若い頃の写真や舟木さんの写真集を見ていると思います。
危険なものは減らしても母の楽しみはなくさずに
5年前と今を比較すると、台所や居間にあった不要な物がだいぶ減りました。この先もきっと、減り続けていくでしょう。母が最期まで暮らしたいと思っている自宅で介護を続けていくためには、こうしたリスクへの対策は必須です。
一方でリスクを減らすばかりではなく、時には「楽しみ」を仕込むことも必要で、忘れてはいけないと思っています。最近すっかり介護に余裕がなくなっていたので、まさか母の「楽しみ」にまで気が回るとは思ってもいませんでした。今後も母のためにこうした楽しい仕掛けを増やしていければと思っています。
今日もしれっと、しれっと。