兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第144回 最も恐れることの予兆が!】
ライターのツガエマナミコさんと兄が一緒に住むようになったのは、そもそも両親と同居するためでした。しかし、両親が相次いで他界した後、図らずも兄妹の2人暮らしに。その後、若年性認知症を発症した兄をサポートする生活になり現在に至ります。症状が進んできた兄には、心を乱される日々が続くツガエさん、またまた大きな悩みを抱える予感が…。
「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。
* * *
一番恐れていた事態が…
今朝、ちょっと衝撃が走りました。思わず「やめてよっ!」と大きめの声を上げてしまったのです。
ツガエ家の事件は大抵朝起こります。今日も朝イチのことでした。トイレの床に5~6か所の無色のシミ汚れを見つけたので掃除をし、洗面所に行くと、洗面ボールにも何かを放出した跡がありました。以前に読者の方が「まだ若いので性的な処理かも」と書いていただいたのを拝読し、想定はしていたものの考えたくなかったことを具体的に突き付けられた気がいたしました。
これまではベランダでしてきた「ソレ」が、マンションの修繕工事によって封じられ、その多くが洗面所に向かったことは致し方がございません。「ったく、あっちもこっちも…」とイラつきながらも、そこまではもういつものことになったので驚くことはないのですが、その洗面ボールの汚れを洗い流していたとき、真後ろの扉を開けて兄が顔を出したのです。わたくしは洗面所の鏡ごしに兄を見て「おはようございます」と言い、背中で無言の抗議をしながら掃除を続けました。
そのときです! いつもならスゴスゴと扉を閉めて出ていく兄が今日はグッと近づいてきたのです!
「マナミコちゃん」という声とともに背中に兄の服が触れた感覚があったので、思わず振り向いて「ナニッ?!やめてよっ!」と大きな声が出てしまいました。すると兄は一瞬びっくりしたあと、ニヤニヤして「し~~~っ」と言ったのです。
その不気味さは筆舌にしがたく、わたくしの心臓はバクバクいたしました。
昔、うら若き乙女だった頃、満員電車で痴漢的な行為をされたときに勇気を振り絞って「やめてください!」と言ったときの相手の顔がやはりニヤついていたことを思い出してしまいました。とっさに「トイレならあっちだよ」と言ったわたくしの言葉に兄はゆっくり洗面所を出て扉を閉めてくれましたが、洗面の掃除を終えて扉を開けるとまだそこにいたというおまけ付でした。
逃げるようにキッチンに向かい、朝食の準備に入って今に至るわけですけれど、ついに「一番恐れていた事態の狼煙(のろし)が上がった」感覚でございます。
精神を病んでも睡眠欲と食欲と性欲という三大欲求は根深く残ると聞いたことがございます。
考えすぎでしょうか? 大げさでしょうか? スキンシップのハグがしたかっただけでしょうか? いやいや、ハグなんてしたことございませんし!
今思えば、先日、やはり朝、部屋のドアを開けて出てきた兄に「おはようさん」と言うと、さらに扉を大きく開けてニコニコ顔で「こちらへどうぞ」のポーズをしたことがありました。「何かあるの?」「なにもないよ」という会話で終わりましたけれど、あれもなんだかおかしな行動でした。
そして今、アンパンの袋を持って「ママ、これ食べてもいい?」と言われました。もう恐怖でしかありません。
142回で、施設入居のタイミングが目下の課題と申し上げました。「これが限界」というラインは意外と早く来るかもしれません。まだ恐怖体験は1回目。それも襲われたとか、体を触られたとかいう事件にも至っていませんが、気分は最悪でございます。
寝室は鍵のない引き戸式。深夜に寝室に侵入されることも想定しておかねばなりますまい。明日、ケアマネさまの来訪があるのでご相談してみます。いや~、介護って本当に大変ですね。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ