兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第143回 お尿さまが屑カゴに!】
若年性認知症を患っている兄との暮らしをライターのツガエマナミコさん綴る連載エッセイ。兄がベランダで排尿してしまうという悩みを抱えるツガエさんでしたが、マンションの修繕工事ためベランダへの出入りができなり、いったん落ち着いた…と思っていた矢先、またまた心配のタネが見つかったというのです。
「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。
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「ベラオシ」ならぬ、「カゴオシ」
マンションの大規模修繕工事でベランダの塗装の塗り替えや防水シートの張り替えが始まり、ベランダに出られない日々が続いております。洗濯物がベランダに干せないので浴室乾燥が大活躍しておりまして、ゆえに電気代が心配なツガエでございます。
先日、朝、いつものように兄が寝ぼけて自室に持って行ってしまったトイレスリッパを探しに兄の部屋に入りましたところ、なにやら異臭がいたしました。でもお便さまの匂いではございません。「なんだろう?」と思いながらシーツにシミがないことを確認し、床にも濡れたところがないことをチェック。それでも「絶対臭い。何かがある」と確信したわたくしは、かつてお便さまが入っていたことがある伝説の屑カゴをのぞき込みました。すると、カゴにかけた白いレジ袋の中に茶色っぽい液体とティッシュペーパーが入っていました。ベラオシ(ベランダでオシッコ)ならぬ、カゴオシ(屑カゴにオシッコ)?
「これだ」と匂いの正体を突き止めたわたくしは、おもむろにレジ袋だけを持ち上げて中身の液体をトイレへ流し入れ、一緒に入っていた流しちゃいけないゴミを寄り分けて、「小」のボタンでジャーッとお流しいたしました。
そのときは「嫌だわ~。こんなところで」と思っただけだったのですが、ふと1日前の朝の記憶と結びつき、「昨日の音はこれか!」と合点がいきました。
前日の朝、わたくしがトイレに向かうとき、兄の部屋か洗面所辺りからレジ袋に水をかけるような音がしていたのです。わたくしも朝で若干寝ぼけていたのか、「何やってんだろう」と思ってすぐに忘れていました。不覚にも屑カゴにオシッコは想像しませんでした。お便さまの前例があるのだから可能性は十分あったはずなのに……。つまり丸1日、屑カゴの液体は異臭を放って兄の部屋に存在していたのでございます。
処理のためにせわしなく動き回るわたくしを不思議そうに見ている兄に何か言ってやりたい気持ちがあふれてまいりました。でもそれをぐっと抑えて「無言の抗議」をしたのであります。
やったことを覚えていない+言われたことを忘れてしまう=何を言っても無駄 ※「マナミコの方程式」より
オシッコはゴミ袋の中にしてくれるだけありがたいと思いましょう。
それよりも、わたくしが留守の間に兄がわたくしの部屋に入ってあれこれ触っていやしないかと、最近はそっちのほうが気がかりでございます。先日は外出から帰ったら、わたくしの部屋の扉が開いており電気がついておりました。トイレの後、ろくに手も洗わない兄に扉と電気のスイッチを確実に触られたのだと思うとゾッといたします。ベッドに寝転がられたらどうしよう…、ゴミ箱にオシッコされたらどうしよう…、勝手に何かを持ち出されたらどうしよう…など、将来的にはいろいろ考えられます。外出時に鍵をかけられるように部屋の扉を改造するしかないでしょうか。
少し前、新聞に「iPS細胞使い、治験薬候補発見 アルツハイマー病で」という小さな記事を発見いたしました。異常に蓄積する「アミロイドベータ」(アルツハイマー型認知症を引き起こす原因物質)というたんぱく質を大幅に減少させる真菌の一種が見つかったというのございます。その微生物が「アミロイドベータ」を食べるのか、溶かすのか、中和させるのかはわかりませんが、今後それが薬となって兄の頭の中が掃除される日が来るでしょうか。そこから過去を思い出すことができるようになるでしょうか。カゴオシもベラオシもしない兄にいつか会うことができるでしょうか。微生物の可能性に期待しましょう。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ