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兄がボケました~若年性認知症の家族の暮らし【第139回 財前先生(仮)がボケました】

 若年性認知症を患う兄が定期的に通う病院の担当医は、ドラマ『白い巨塔』に登場する財前五郎のような冷たさを感じる人です。それが、担当医のことを、財前先生(仮)と表記する理由なのです。今回は、その財前先生(仮)の態度がまたまたあり得なかったというお話です。

「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。

 * * *

財前先生(仮)大丈夫?

 聞いてください。わたくし思わず「はぁ?」と聞き返してしまいました。

 先日の兄の診察日のことでございます。財前先生(仮)がボケました。いやいやギャグではなく、兄ボケレベルの財前ボケでございます。

 2か月前の診察日に兄の年金に必要な診断書をお願いしたら冷たく「文書課に出してください」とあしらわれ、その通りにした数週間後、財前先生直々にわたくしの携帯にお電話をくださって兄についての確認事項にいくつか答えた経緯がございました。診察時の印象とは違い、大学生と話しているかのような気さくな感じでちょっとばかり好感度が上がったことをここでもご報告いたしました(第134回)。

→第134回を読む

 ところが、先日の診察ではわたくしとお電話でお話したことを財前先生はまったく覚えていなかったのでございます! 

 そしていかにも憤慨しているかのごとく「先日、こちらからの電話にお出にならなかったんですけど僕が電話をしたことは認識していますよね?」と訊かれたのです。まるでわたくしが先生からのお電話を無視してそのままにしたかのような物言いでございました。

 わたくしは何を言われているのかわからず「はぁ?」と訊き返し、「いや、でも、そのあと折り返して、お話しましたよね?」と下から顔色を窺いながら答えてみました。すると「そうでしたっけ?」とのご返答。わたくし「この先生は大丈夫かな?」と心配になりました。

 第134回で端折ってしまった事件の経緯を少し補足しますと、1か月前、気づかないまま2時間ほど経過した着信がありまして、慌てて着信番号を調べましたら兄の病院だったので「きっとお願いしていた診断書ができたから取りに来いというお知らせに違いない」と、折り返しの電話をしたのです。

 もう病院も終わりかけの時間でしたが、ギリギリ間に合い「兄がお世話になっているツガエと申します。先ほどお電話いただいたのに出られなくてすみません(汗)」とオペレーターの方に申し上げると、「こちらからお電話するような心当たりはありますか?」とおっしゃったので「診断書をお願いしているのでそのことだと思います」と力強く申し上げました。何科かを言い、診察券番号を言うと「少しお待ちください」の言葉とともに保留音が鳴り、だいぶあって「診断書のことではないようです」とのご返答。でも優秀なオペレーター様は「ちょっと調べてみますのでもう少しお待ちください」と、また保留音になりました。そして突き止めた先が財前先生(仮)だったのです。「先生とおつなぎしますので、そのままお待ちください」という流れで財前先生(仮)と10分ほどトークしたのですけれど、それを先生はまったく覚えていらっしゃらなかったのです。

 先生の言い訳としては、電話に出なかったことだけが記録に残っていて、そのあと電話が来たことを記録してなかったというのです。

「大変失礼しました。診断書は書いて出しているので話しているはずですよね。申し訳ない。失礼しました」と歯切れの悪いお言葉でした。

 そこで兄が「そりゃねぇ、何人もいるから先生も大変ですよねぇ」とひと言。兄にこんな助け船を出されて、さぞ屈辱的だったのではないかと思いながらわたくしは意気揚々と診察室を後にしたのでした。ああ、気分爽快。

 それにしても、マルっと全部覚えていないとは失礼な話でございます。しかも留守電メッセージを残すことなく切っているくせに「こちらが電話したことを認識していますか?」とはなんという物言いでしょう。よほどお疲れなのかもしれないと同情したツガエでございます。

 しかし、家に帰ってきてよくよく考えると、好感度を上げたあの日、「大学生のよう」と感じたお電話の印象と、この日の診察時の冷淡な印象はやはり結びつきません。もしかすると本当に大学生だったのかもしれないと思い始めました。病院にはインターンという学生さんがいると聞いたことがありますし、そう仮定すれば、わたくしと会話した記憶がまるでないことの説明もつくではありませんか。診断書のような事務作業は手抜きして学生さんに任せたのかもしれません。むしろそうであってほしい。先生が兄と同じ病気でないことを祈ります。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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