85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第27回 油断大敵】
当たり前のことだけど、一人暮らしをしていると、何事も自分でやるしかない。面倒臭がっては、何ひとつ片付かない。怠惰が一番始末に悪いのである。片っ端からやらないと、たちまちゴミは溜まるし、部屋中が汚れる。整理が悪いと、あらゆることに次々に齟齬が生じる。
体調を壊しても、少しは多少の無理をしなくては、何も進まない。「頑張れ!」と自分にのべつ言って聞かせる。ま、老いて益々勤勉を旨とすべしなのだ。そのことで、油断を排除することが出来る。
もっとも油断などしていられない境遇にある人だっている。私の70年来の親友である写真家の藤倉明治は、なかなかの勇者だ。
ある日、息子夫婦が生まれて3か月の赤ちゃんを実家に置き去りにした。藤倉君の妻は当時寝たきりの病の床にあり、彼自身も脚が悪く車椅子生活だった。それなのに、孫の面倒をほとんど一人で見ていたのである。
「やればできるもんだね」と、藤倉君は事もなげに言う。命の大切さを思い知らされたとも。実に偉い奴だと感心してしまった。自由こそが命と思って生きている私にとっては、とうてい考えられない状況である。実に偉い。但し、これも油断大敵の一種だ。
やっぱり人間には、生命が何よりの幸せだということに思い至る。誰の命もかけがえがない。そうえあれば、生きとし生ける者の存在が実感として伝わってくる。命を粗末にしてはならないと気づくことによって、いろんなことが可能になってくる。
命を守ることが何より大切であるとすれば、戦争も死刑もあってはならない。命は宇宙に等しい重さがある。自由を失えば無に帰してしまう。
だから夢、油断してはならない。日本の政治が悪い事だって、私たちの油断が原因に他ならない。腐敗した権力にストップかけられないのも同じである。老人よ決起せよ!
矢崎泰久(やざきやすひさ)
1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。
撮影:小山茜(こやまあかね)
写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。