70代高齢者の貧困を考える 実録ルポ「貯金がなくても楽しい暮らし実践する人々の知恵と工夫」
「まとまった貯金はないけどさ、楽しく暮らしてるよ。健康で仕事もあって、今が“人生の楽園”だよ」と、おひとりさまの老後生活を楽しむ高齢者もいる。
スリムな体型に日焼けした黒い肌、俳優の前田吟にどことなく似た風貌の飯田幸次さん(仮名、71才)。その人生は平坦ではなかった。
倒産、離婚、解雇、そして借金も…
飯田さんは自営業で金属リサイクル業を長年続けてきたが、10年前、新興国の需要低下によりスクラップ価格が暴落した影響を受けて会社が倒産し、離婚も経験した。
「嫁さんとは別れちゃって、今は気楽なひとり暮らしだよ」と笑うが、倒産による100万円を超える借金返済のため、当時住んでいた自宅を売却した。こうして都心を離れ、海沿いの町に流れ着いたという。
その後、水産加工業者でドライバーの職を得たが、東日本大震災による風評被害が会社を直撃する。
「2度も倒産を経験したくないから、必死に働いて販路も拡大してなんとか持ち直したんだ。おかげで、借金もなんとか返済できた。だけど、ウイルスには勝てないね。コロナのせいで、今度は無職になっちゃった」
定年後後も水産加工業者に残ってアルバイトとして働いていたが、コロナ禍の急激な業績悪化により、解雇されてしまったのだという。
会社の厚意で住み続けていた社宅を出なければならず、貯金がなかった飯田さんは親戚の家に居候生活をすることになった。
お金はなくても「人生楽園」
「悪いことは続かないもんだよ。捨てる神あれば拾う神あり、ってね。生きてさえいれば、仕事なんていくらでもあるよ」と、飯田さんはニッコリと笑う。
倒産や解雇で何度も職を失ってきたが、笑顔の理由は、最近始めた新しい仕事のおかげなんだそう。
飯田さんが現在勤めているのは、シルバー人材センターから斡旋された、ショッピングモールの駐車場係。
「駐車場内の所定の場所で交通整理をする仕事で、1日4時間の勤務で月7日か8日働いているよ。コロナ前に比べたら収入は減ったけど、ひとりもんだからなんとかなっているよ。
友人にも恵まれて、気楽なもんだ」
と、あくまでも朗らかだ。
輝かしい経歴を持つ人も同じ仲間
「一緒に働く仲間が口を利いてくれて、なんとかアパートの契約もできたし、話し相手にも困らないんだよ。
現役時代じゃ出会えなかったようなデキる奴らもセンターに登録していて、この歳で『人脈作り』の面白さにも目覚めたよ。
どっかの会社の社長やってたっていう人もいるし、地主さんなんかも働いている。輝かしい経歴を持つ人たちが、同じ職場で同じ時給で働く仲間なんだから、驚いちゃうよね。
畑をやっている仲間が野菜をくれたり、魚釣ってきたって差し入れももらえるし、ご近所さんにも助けられているよ。
アパート掃除のバイトもかけもちで今はやっているんだ。体が動くうちは、ずっと働いていけたらいいよね」
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今の暮らしを「貧困」と悲嘆することなく、お金のかからない生活を楽しめるかどうか――。知恵や工夫次第なのかもしれない。
※プライバシー保護のため実話を元に一部設定を変えています。
取材・執筆・イラスト
植木麻友さん/「貧困」をテーマに取材を続け、週刊誌や単行本などに執筆。サブカルから格差社会などの社会問題まで、幅広い分野の取材を続ける。美大で学んだグラフィックアートをいかし、イラストレーターとしても活動。