70代高齢者の貧困を考える 実録ルポ「貯金がなくても楽しい暮らし実践する人々の知恵と工夫」
「貧困? あぁそんな言葉も聞いたことあるね。私たち夫婦もそうかもしれないけど、なんとか暮らしているわよ。
お金なんかちょっとでいいの。体が丈夫なら、意外となんとかなるもんよ!」
青い海を見つめながらわっはっは、と笑うのは、県西部のA市で暮らす高橋美智子さん(仮名、72才)。女優の松金よね子似のつぶらな瞳がチャーミングな高橋さんは、5才年上の夫とともに、わずかな年金をやりくりして暮らしている。
食料品の調達はいつもスーパー閉店間際の割引セール。食パンもおにぎりも「少しでも長く食べられるように」と、冷凍保存している。日用品を1円でも安く買い物するため特売情報をチラシで入念にチェックするなど、切り詰めた生活をしているのだが、その表情は明るく穏やかだ。
悠々自適の老後暮らしとはいえないはずだが…。
老後の資金が不安で夫婦喧嘩絶えない日々
千葉県でパート事務として長く務めてきた高橋さんは、定年を迎えた後、夫(77才)とともに、海沿いの町へ移住した。それまでの経緯を明るく語ってくれた。
「5才年上の夫は、65才のときに大腸ガンになったんです。手術後は、無事に回復したんですが、自宅に引きこもりがちになっていて。夫婦喧嘩が耐えませんでした。
ずっとお互いの生活に干渉なんかしてこなかったけれど、定年が近づいたとき、老後の生活資金が不安になっちゃって、夫の顔を見るたび『年金じゃ足りない』とか『老後どうやって暮らすの?』って言っていて。お金の話で喧嘩ばかり…」
高橋家の年金受給額は夫婦合わせても10万円ちょっと。これまで個人事業主として雑貨店を営んできた夫には、店じまいの際に諸経費がかかったせいで50万円ほどの借金も抱えていた。
「お金お金って、いったいどうしろっていうんだ!」
毎月の借金返済のため、生活を切り詰めていた夫のストレスは想像以上だったよう。
「年金や老後という言葉に過剰に反応するようになってしまったんです」
老後の暮らしについて本音で話し合った
「東京に暮らすひとり息子は家族と小さな子供を抱えていて、息子に頼るわけにもいかないし、まとまった貯金もないしねぇ。いっそのこと住む場所を変えるのはどうかと思って、夫婦で理想の老後生活について本音で話し合ったんですよ」
「私は家庭菜園をやって自分たちが食べる野菜を作って暮らしてみたかった。釣りが趣味の夫は、毎日海釣りがしたいって。どうせ死ぬまで一緒にいるなら、楽しいほうがいいじゃない。
わずかな退職祝い金を元手にして、自分たちが理想とする暮らしができるこの町へ移住することを決めたのよ」
お互いの理想が叶う場所を探してたどりついたのが、海が目の前の築35年、50平米で家賃月4万円のアパートだった。
還暦を超えた移住者に田舎町の大家はなかなか首を縦に振らなかったが、息子が保証人になってくれて、なんとか契約できたという。
魚も野菜もタダ同然で笑顔が戻った
「目の前に海があって、風が強い日は白波がすぐそこに見えるの。夫は朝4時から釣りに出かけるんだけど、この辺りは好物のキスやアジが釣れるから、夕飯のおかずはお刺身や魚のてんぷらと、豪勢な日もあるわよ」
近隣には同じく早朝から釣りを楽しむ住民が多く、無口な夫にもすぐ釣り仲間ができた。
「アユ釣りのできる大きな川も近くにあって、釣り好きにはたまらないよ」と、夫は毎日の釣りですっかり日焼けした顔に笑顔が戻ったという。
「家は前より手狭になったけど、夫の機嫌はいいし、魚は釣ればタダ同然。野菜は近くの地域住民専用菜園で作り放題で、食費が節約できて最高よ!」と、満面の笑顔だ。
日々の食事はなるべく自給自足で節約しながら、借金も少しずつ返しているのだという。