兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第97回 行ってきました兄とデイケア見学】
要介護2と判定が出た若年性認知症の兄。今後のことやケアマネジャー選びを相談に包括支援センターに向かった妹のツガエマナミコさんだったが、なんと、その奥にはデイケアセンターが。そこへの見学話がとんとんと決まり、今回は、いよいよ兄を伴いデイケアに行ってみた日のお話だ。ついに兄のデイケアはスタートするのか!?
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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なんだか、なし崩し的に決まりそうな雰囲気なのだが
見学当日は、午後2時に保健師さまが迎えに来てくださり、兄とわたくしと3人でデイケアセンターに向かいました。歩くこと約5分。「ご心配なく。車で送り迎えしますからね」と真顔でおっしゃるので「いや、歩いたほうが早いだろ!」とツッコミたくなりました。
検温と消毒を済ませて、暗証番号式の扉の中に入ると、20人ぐらいのご高齢者が思い思いのテーブルで折り紙を折ったり、おしゃべりをしていらっしゃいました。
わたくしの時と同様、主任さまが兄にお風呂やおトイレを案内し、『認知症の方のお部屋』に入りながら「こちらでテレビを観てもいいし、眠くなったらソファで寝てもいいんですよ。とにかく自由に気楽に過ごしていただくことが一番ですからね」と言われました。その日は白髪の男女4人が何をするでもなく椅子に座っていらっしゃいました。
兄はなんの疑問も抱かず、微笑みながら言われることを「ふんふん」と聞いているだけでございます。自分がここで時間を過ごすことになるとは分かっていないように見えました。
わたくしが兄にドン引きしたのは、このあとレクリエーションが始まって、簡単な体操をした時です。グー、チョキ、パーを絡めた簡単な運動でした。一定のリズムでグー、チョキ、パーの間に手を叩く動作を入れるというもの。グー、パン、チョキ、パン、パー、パンといった具合です。「これぐらいはできるだろう」と思って兄を見ていると、パンができない、チョキの指にならない、リズムについていけない…の三重苦。だいぶゆっくりカウントしているにも関わらず、兄の手はグーからパーになってしまうのです。
見た目が若々しいだけに、それは一層哀れな光景でございました。MRI検査の結果の「脳は80歳ぐらい」という先生の言葉が自然に浮かんで「そうか、こういうことか……」と納得いたしました。
そのあとも、足首を回す運動で足ごと回してしまうし、右手で鼻をつまみ、左手で右の耳たぶをつまむ動作に至っては難易度が高すぎてお話になりませんでした。でも、こういう運動を週に何回かやることでだんだん能力を取り戻してくれると信じたいツガエでございます。
その後、おやつのコーヒーゼリーをいただいて帰って参りましたが、ケアマネジャーさまをどうするかについてはなかなか話題にあがりません。
わたくしは、包括支援センターでは、まずケアマネジャーさまの決定があって、いろんなデイケア施設の情報を得られるものだと思っていたのですが、なんだか、なし崩し的に決まりそうな雰囲気だったので、帰り際に「あの~、ケアマネさんはいつ決めるんですか?」と訊いてみました。すると「こちらにいらっしゃると決まったら、どんなメニューで過ごしていただくかケアマネさんと相談しながら決めますから」と言われ、「そんなものなのか…」と黙るしかありませんでした。
翌日、例の保健師さまから電話があり、「おうちに帰ってからお兄さんの様子はどうですか? こちらのデイケアでいいですか?」といった内容でした。とんとん拍子に話が進んだことをありがたく思い、「もう、ここでいいか。スタッフの方も熱心そうだし、利用者さんもおとなしい穏やかな人ばかりだったし…。だいたいどこでも同じだろう」とわたくしの気持ちはOKに傾いていたのです。
何もなければすんなり決めていたことでしょう。でも直前で知人から有力な情報が届き「比較検討!」というランプが灯ったのです。
なんとセラピー犬がいるデイケアセンターの情報でした。
わたくしのOKを確信していたに違いない保健師さまには申し訳なかったのですが、その旨を告げ、「兄は犬好きなので、そっちも一度見学しようと思ったのですけどいいですか?」と伺ってみました。すると「もちろんです。ではどうしますか?ご自分で行きますか?私が間に入ってもいいですけど」とおっしゃるので、流れで「自分で行きます」と答えました。保健師さまは努めて明るく「お兄さんがいらっしゃるのをみんな楽しみにしていたので、結果は教えてくださいね」とおっしゃりながら、そこはかとない敗北感を醸し出していました。
情報提供の知人は何を隠そうこの連載を担当してくださっている編集者さま。「ご近所だと思って」と施設の情報を送ってくださったのです。
ということで、実は週明けにもう一軒見学に行くことになりました。偶然にも、そこは母を担当してくださっていたケアマネジャーさまのいる館。母はデイケアを一切利用しなかったので、そこにセラピー犬がいるとは知りませんでした。
わたくしは、母が亡くなって以来、4年半ぶりにそのドアをノックいたしました。「あの~以前、母がお世話になった者ですが」と言うと、アポなしにもかかわらず「あ、ツガエさんですよね」と言われたのでびっくり。“マスクもしているのにスゲーッ!”と感動いたしました。それだけで何か救われたような……。
次回は、そちらを兄と見学した模様をお届けしようと思います。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ