”新聞ちぎり絵”が話題の木村セツさん92才の1日に密着「いま、最高に幸せ」
90才から始めた新聞ちぎり絵が話題の木村セツさん(92)。セツさんが新聞ちぎり絵を始めたきっかけになった夫の言葉とは。「いま、最高に幸せです」という彼女に、元気の秘密とちぎり絵制作の1日を聞いた。
セツさんが新聞ちぎり絵をはじめた理由
セツさんがちぎり絵を始めようと思ったのは2019年の元日。90才の誕生日を6日後に控えた新年のこと。かといって、新年の誓いといった大仰な決意をしたわけではなかったという。
「その前年(2018年)の11月30日に、うちのお父さん(夫・弘さん)が亡くなりまして、しばらくふさぎ込んでいたんです。そんな私に長女が、『お母さんが落ち込んで、寂しそうな顔をしているのを見るのは悲しいから、ちぎり絵でもしたらどう?』って言ってくれたんです。
最初は『そんな難しいのん、嫌や』と拒否していましたけど、テレビを見てても居眠りしてしまうし、そんなんやったら、ちぎり絵した方がええんとちゃうかなと思って始めました」(セツさん・以下同)
なぜ、新聞でちぎり絵をしようと思ったのだろうか。
「それも長女がすすめてくれたからです。新聞やったら、いろんな写真や景色があるからええと、私も思いましてね。それで初心者向けの新聞ちぎり絵本を買って、それに倣ってバラとか作っていました」
続けるうちに、その面白さに目覚めたセツさんは、作品作りに勤しむようになる。そんなある日、東京に住む孫でイラストレーターの木村いこさんが、セツさんの作品をツイッターにアップしたところ、思いがけず大きな反響を得た。
セツさんが90才から始めたことも大きな話題となり、2020年には作品をまとめた『90歳セツの新聞ちぎり絵』(里山社)を出版した。振り返ると、長女にすすめられた新聞ちぎり絵だったが、不思議な縁を感じるという。
「お父さんが入院していたとき、病院に毎日面会に行っていたんです。その病室前の廊下には絵が飾られていましてね。それがちぎり絵やったんです。長女はそれを見てすすめてくれたのですが、それと、お父さんが『人間、いくつになっても勉強せなあかん』と、私に言うてくれてたのも大きかったですね。
あの言葉があったから、やってみようと思いましたし。いまは、お父さんが『新聞ちぎり絵をやったらどうや』って、長女に言わせてくれたんかなと、思うようになりました」
新聞ちぎり絵に費やす時間は6~7時間
セツさんの一日は朝刊を取りに行くところから始まる。
「朝起きて、まず仏さんや神さんを拝んでから、お化粧をします。家にいるけど、お化粧は毎日、必ずします。女の人のたしなみやと思うし、すると気持ちがシャキッとしますからね。
それから朝刊を郵便受けに取りに行って、パラパラとめくります。うちは毎日新聞をとっています。そこからカラー写真やカラー印刷されている紙面を取り出して箱に保存します。それがだいたい、4箱くらいあります」
作業が終わったら、朝食を摂り、10時頃から新聞をちぎり始める。
「ちぎり絵をしていると、ついつい時間を忘れてしまうから、長女から『ちょっとは休まなあかんえ』と言われます。そやから、昼ご飯を食べたら1時から1時間ほど昼寝。起きて、またやり始めます」
新聞ちぎり絵に費やす時間は1日6~7時間程度。1日1作品は作るようにしている。
「手の込んだものやと2日かかることもありますが、できるだけ次の日に持ちこさんように、完成させるようにしています。その日のうちに、完成を見届けたいんですね」
17時くらいまで新聞ちぎり絵をして、夕飯を食べ、お風呂に入って就寝。好き嫌いなく、出されたものはなんでもおいしく食べるのが健康の秘訣だ。
「長女が作ってくれるもんがなんでもおいしいので、ありがたくいただきます。お肉、お魚、野菜なんでも食べますね。好きなんはえびフライとえびチリ。えびフライは、ちぎり絵の題材にしたことありますよ」
食べることが大好きなセツさんは、食べ物のちぎり絵を作っているときが、イキイキするそうだ。
題材は”パッと目についたもん”を選ぶ
セツさんの新聞ちぎり絵の題材は、花や野菜、果物、動物のほか、ハンバーガー、ポテトチップス、食パン、お弁当など身近なものが多い。
「題材はパッと目についたもんを選ぶようにしています。たとえば、長女とスーパーに行って、『これ使えそうやな』って思うものを買ったり、携帯電話のカメラで写真に撮っておきます。
写真はプリントアウトしてもらい、それを見ながら下絵を描くようにしています。長女から『季節を意識したものを題材に選ぶといいよ』ってアドバイスを受けて、旬の野菜を題材にすることもあります。春はブロッコリーやたけのこ、夏はすいか、トマト、とうもろこし、秋は栗、冬は大根などのちぎり絵を作ったこともありました。
外にご飯を食べに行ったときは、『これちぎり絵にできそうやな』って、ひらめくこともありますよ。前に、モスバーガーでハンバーガーを食べようとしたら、『これ、いけるんちゃうか』と思って、長女にスマホで写真を撮ってもらいました」
そのハンバーガーは、セツさんの代表作になっている。
下絵は無地のノートで何度も練習
セツさんは、新聞ちぎり絵を始めるまで、実は絵をまともに描いたことがなかったという。
「うちのお父さんは趣味で陶芸とかいろいろやってましたけど、私は絵が下手で、苦手でしてね。そやから下絵も最初は長女に描いてもらっていました。長女はいまデザイン関係の仕事をしているので、絵がうまいんです。
でも、それを見た孫から、『おばあちゃん、下手でもええから自分で下絵描かんとあかんよ』と、言われましてね。『そうか』と思って、頑張って自分で下絵を描くようになりました。長女にもアドバイスもらってね。私が描いた下絵を孫が見て『おばあちゃん、ええやん』と褒めてくれましてね。それで自信がついて自分で描くようになりました」
下絵は実物か写真をじっと見て、まず無地のノートに描いて練習する。うまく描けるようになるまで何度も描き直し、納得のいく出来になったら本番の下絵に移る。
「下絵をおろそかにしては仕上がりもうまいこといきません。最初は下手でも下絵を描く練習を何回もしているうちに、だんだん形になってきますから」
色選びは半日かけてじっくりと
下絵が完成したら今度は色選び。ストックしておいた箱からカラーの紙面で使えそうなところを取り出す。これがいちばん時間のかかる作業だ。
「色選びには半日くらいかかりますね。グラデーションを見せたいから同じ色は使いません。たとえばブロッコリーは緑といっても、黄色みがかったところもあれば、深緑もあります。いろいろですやろ? そやから、深緑を貼ったら、その隣はちょっと薄めの緑を置いてみたりします。そうすると立体的に見えるんです」
色選びにもコツがある。
「山とか木の写真があったら、これは野菜の葉っぱの部分に使えそうやからと、とっておきます。ちぎり絵をするようになってから、パッと見て『これは使える』と、わかるようになったんです。あれやない、これやないと、貼る前に色を重ね合わせて選んでいきます。そやから色選びが、いちばん時間がかかるんです。だいたい半日くらいはかかりますね」
色鉛筆や絵の具で色付けは一切しない。新聞のカラー面だけで絶妙なグラデーションと風合いを出すのだ。
初心者はトマトがおすすめですよ
初心者は形がシンプルなものから始めるのがいいという。
「トマトとかおすすめですよ。新聞には結構、赤い色が使われていることが多いですしね。トマトやったら丸い形を描いたらそれなりに様になりますし。最初はあまりグラデーションとか気にせんと、好きな色を貼っていかはったらいいと思いますよ。
あとはふだんから新聞を見て、『この色、何かに使えそうやな』とか、意識して見るようにするといいかもしれませんね。
私はいつもちぎり絵のことばっかり考えています。ちぎり絵を作っているときは、ほかのことは一切考えずに一心。そのおかげで、最近はお父さんのことは、くよくよ考えんようになった(笑い)」
92才になっても創作意欲は増すばかりだ。
セツさんの新聞ちぎり絵作品集
■天丼
お昼に天丼をよく食べるため制作した。「えび天、れんこんに青しそで緑を添えました。中の天丼が映えるように器とお箸は濃い紺色を使いました」(セツさん・以下同)。
■パック入りの寿司
スーパーで売られているパック入りの寿司。「寿司が入っているパック皿には、新聞の黒地に黄色や白の文字が入った部分を使うことで、高級感と存在感のある仕上がりになります」。
■菜の花とモンシロチョウ
「春になると毎年、家の周りに菜の花が咲き、モンシロチョウが飛んでいます。モンシロチョウの羽には白とグレーを使ってグラデーションを出すようにしました」
教えてくれた人
新聞ちぎり絵作家 木村セツさん
1929年1月7日、奈良県生まれ。ツイッターアカウント「91歳セツの新聞ちぎり絵」のフォロワーは4万2000人超(2021年4月1日時点)。最新著書は『91歳セツの新聞ちぎり絵 ポストカードブック』(里山社)。
取材・文/廉屋友美乃 写真提供/木村セツさん
出典/「90歳セツの新聞ちぎり絵」、「91歳セツの新聞ちぎり絵 ポストカードブック」(いずれもちぎり絵 木村セツ/里山社刊)
※女性セブン2021年4月22日号
https://josei7.com/
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