兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第77回 中高年のおシモ事情」
介護の悩みはいろいろあるが、おシモの悩みは深刻だ。若年性認知症の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんも今、まさにそれに直面しようとしている。コップに謎の液体を発見した日から、ひたひたと忍び寄るおシモ問題。今回はコップ事件のその後と新たな不安についてのお話だ。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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兄妹間でデリケートゾーンの話をする日
1日3食、食べるタイミングが一緒なので、必然的に出すタイミングも一緒になってしまい、「あ~先を越されたー!ピーンチ!!」となることが多くなりました。すみません、おトイレットのお話しです。
そんなおトイレ待ちで冷や汗をかきながら、ふと「4人家族だったころはどうしていたんだろう?」とどうでもいいことを考えてしまいました。あの頃はまだ若く、筋肉がしっかり働いていて我慢しようと思えばいくらでも我慢できた気がいたします。それに引きかえ今は衰え著しく、自分の意志に反して緩んでしまう筋肉。人の無常を感じます。ここ最近、寒さも相まって特に頻度も多ございまして、「“おトイレは1人1個”が常識になればいいのに…」と思うツガエでございます。
間もなく58歳のわたくしがそんな調子でごさいますから、62歳の兄のおシモ事情も気になるところでございます。たまに病院などに出掛けるとズボンに小さなシミを付けて「ちびっとちびった。ヘヘへ」と極上のダジャレでごまかしながらおトイレから出てくることがありますが、いまのところ大きな粗相はございません。目下のおシモ問題は、先だってよりご報告しております「コップにオシッコ」(第74回を参照ください)だけでございます。
とはいえ、かれこれ半月は黄金のコップを拝見しておりません。深夜におトイレに行く度に、「今日はあるかも」「いやいや今日こそはきっとある」と恐る恐る洗面所の扉を開けるのですが、いつも空コップ。安堵する傍ら、「なんだ、今日もないんかい」と思う自分がいて、己の中の変態をみる思いです。
初めて洗面台を飾ったあの日から、黄金のコップの出現頻度がだんだん増えていたことは言うまでもありません。ある日は桃ジュースのような白濁色だったので体調の崩れを心配しましたが、2日ほど空コップの日が続いた後、通常のクリアな黄金色が戻ってきたので、「これは健康チェックになる」と前向きに捉えるようになりました。
→兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第69回 コップにオシッコ事件」
そのうち毎朝置いてあるようになり「いよいよ毎日か。やれやれ朝の仕事が増えたわい」と口をへの字にして、おもむろにコップを持っておトイレに流してみましたところ、なぜか翌朝からパタリと連続記録が途絶えました。ゴム手袋をして黄金のコップを手におトイレに入ったわたくしを兄が見ていたのです。彼なりに何か思い当ったのかもしれません。
もちろん、朝からコップにオシッコなど見たくはないですが、健康チェックにはなりそうだったので失ったのはすこし惜しい。どうせまた始まるだろうとは思っておりますけれども…。
そしてその先には紙パンツという必殺アイテムも控えております。いつかは男性用紙パンツを買い求めることになるのでしょう。
しかし、異性のおシモ事情は未知の世界。兄も言いづらいでしょうし、わたくしとしても「どう?」とは訊きづらい。親の介護でもなかなかのデリケートゾーンですけれども、兄妹ともなると年齢が近くて気恥ずかしさと嫌悪感が倍増いたします。先のことを考えるのはやめようと常々思って生きておりますが、兄を見ているとどんどんわたくしが背負うであろう介護の未来が見えてしまい、ため息で溺れそうになるのでございます。
先日は、通院からの帰宅後、ズボンのベルトを外せなくなっておりました。わたくしが手伝わなければズボンを脱げないありさま。つまり、もしもアレがソレで急降下の緊急事態だったらおトイレでたいへんなことになる危険性大だったのです。
この1年、家にいるときはずっとスエットの上下なので、兄の記憶リストの中から「ベルトの取り扱い」という項目が消えかけているのでしょう。そう思うと、何も考えずに身体が勝手に動くと思われる無意識の動作でも、意外と脳の記憶に頼っているのだと思いました。
まだ袖のボタンも留められますし、ジャンパーのファスナーも閉められます。できないことを嘆くのではなく、できることを喜ぶ妹でありとうございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ