『半沢直樹』と真逆、笑福亭鶴瓶は融資を渋る銀行専務役!『華麗なる一族』【水曜だけど日曜劇場研究2】
TBS「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解く「水曜だけど日曜劇場研究」第2シーズン(隔週連載)。2007年に放送された『華麗なる一族』は、近年の大ヒットドラマ『半沢直樹』の前身だった!? ドラマ史と昭和史に詳しいライター近藤正高氏は、ドラマを貫くビジネス観の継承、演出術、配役に『半沢直樹』の予兆を見る。
万俵大介と『半沢直樹』中野渡頭取の違い
2007年に放送された『華麗なる一族』では、北大路欣也が神戸を拠点とする阪神銀行の頭取・万俵大介を演じた。北大路の役が銀行頭取という点では、後年、同じく日曜劇場で放送される『半沢直樹』と共通する。
しかし役職は同じものの、万俵大介と、『半沢直樹』の東京中央銀行の中野渡頭取とでは、まるでタイプが違う。中野渡は、都市銀行どうしが合併して生まれたメガバンク内部にあって、出身銀行ごとの派閥争いを抑えるのに腐心を続けた。いわば調整型の頭取である。
これに対して大介は、阪神銀行の地位を上げるべく、自行より規模の大きい銀行を吸収合併しようと野心を燃やす。そのためには、木村拓哉演じる長男・鉄平が専務を務める阪神特殊鋼をつぶすことさえいとわない。
大介と中野渡の違いは、時代背景の違いでもあるのだろう。大介の時代は日本が高度経済成長のさなかにあった1960年代。企業も個人もしだいに豊かになるなかで、各銀行はより多くの預金者を獲得すべく熾烈な競争を続けていた。
そこへ来ての資本自由化で、外国資本の参入に十分対抗できるよう国内産業の競争力強化のため、企業どうしの合併が国によって促進される。銀行業界も、大蔵省の計画のもと再編されようとしていた(というのは史実とはちょっと違い、この作品独自の展開なのだが)。都市銀行のランクでは下位にあった阪神銀行は、このままでは上位の銀行に吸収されかねない。そのため大介は先手を打って、自行より上位の銀行を吸収する「小が大を食う」合併をめざしたのである。
弱肉強食の高度成長期は、逆にいえば、頭取は裁量しだいでいくらでも自行の勢力を拡大することができた時代であった。これに対して、中野渡が頭取になったのは、バブル崩壊後長きにわたる経済低迷の時代である。再度の金融再編で都市銀行は整理され、限られた数のメガバンクに収斂していった。経済の停滞により、銀行どうしが預金高で競うのも限界が見えた。そんな時代にあっては頭取も、自行の勢力拡大よりも何より現状を維持し、寄り合い所帯である行内をまとめあげるのに注力せざるをえまい。
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鉄平役に違和感のない木村拓哉
大介とは宿命のライバルであった鉄平も、自分の会社のさらなる発展に力を注いだ点では父親と方向性は同じで、典型的な高度成長期の経営者だったといえる。
鉄平は社員たちと一丸となって新製品開発に勤しみ、技術力では業界最大手の帝国製鉄を脅かすまでになっていた。だが、肝心の製品をつくるには、原材料となる銑鉄を帝国製鉄に供給してもらわねば立ち行かない。鉄平はこの状況から脱却すべく、自前で銑鉄をつくる高炉の建設に乗り出す。
鉄平を演じる木村拓哉は、ほかの現代物のドラマと変わらず本作でも、ぶっきらぼうだが、仕事にかける情熱は人一倍という男を演じ、それが鉄平の役にもハマっていた。木村の髪型など装いは現代風にもかかわらず、さほど違和感がなかったのは、そのためだろうか。
高炉建設に自社の希望を託す鉄平だが、父・大介はどういうわけか、あの手この手でこの計画を頓挫に追い込もうとする。鉄平が建設費として申し入れた融資額を縮小したのに始まり、高炉の着工後は、帝国製鉄に手を回して阪神特殊鋼への銑鉄の供給が、完成予定の数ヵ月前にストップするようにした。
それでも鉄平はくじけず、建設費の不足分は、準メインバンクである大同銀行の三雲頭取(柳葉敏郎)に頼み込んで融資を増額してもらうことでクリア。さらに銑鉄供給が止まるまでに高炉を完成させるべく、工期を大幅に縮めて突貫工事に突入する。
父と子の対立、経営者の苦悩
高炉が完成すれば阪神特殊鋼の評価は高まる。それによって同社を系列に持つ阪神銀行が、上位銀行から合併のターゲットにされることを大介は懸念していたのだ。このときすでに彼は、大同銀行との合併を進めるべく、頭取の三雲ではなく、専務の綿貫(笑福亭鶴瓶)ら生え抜きの役員と折衝に当たっていた。
大同銀行では頭取と副頭取のポストが代々、三雲を含めて日本銀行の天下りが占めていた。それに不満を抱く綿貫ら生え抜き派に対し、大介は合併の暁にはポストを用意すると約束して取り込む。その上で、高炉建設を頓挫に追い込むと、阪神特殊鋼への融資を決めた三雲は責任をとらせて解任、一気に合併に持ち込もうという計画だった。しかし、あれこれ仕組んだにもかかわらず、鉄平が突貫工事を始めると、大介は焦った。
ところが、そこへ高炉の建設現場で爆発が起こり、多数の死傷者を出す惨事となる。炎上する高炉を自邸から眺めながら「天は我に味方した」とつぶやく大介がエグい……。
目標達成のため、真っ向勝負でのぞむ鉄平に対し、権謀術数を巡らす大介。大介はこれに加えて、必要とあれば、たとえ世話になってきた人であっても切り捨てる非情さも持ち合わせていた。大蔵省に合併を認めてもらうべく、次期総裁候補の永田大蔵大臣(津川雅彦)に近づくに際しては、やはり総裁候補で、鉄平の義父である元通産大臣の大川一郎(西田敏行)を、すでに病気で余命いくばくもないと知っていたこともあり、見切ってしまう。
父子はそういった点では大きく違うが、いずれも強いカリスマで社員を牽引するところは共通する。大介が阪神銀行のランクアップのため、預金高を上げよと命じれば、各支店長たちはこぞって目標額を引き上げ、みな命懸けで預金者集めに奔走した。鉄平もまた、高炉建設にあたっては、社員だけでなく、製品を船に積み込む沖仲仕からも応援を得る。なかでも親分格の玄さん(六平直政)は鉄平を「若」と呼んで慕い、突貫工事のための作業員集めにも一役をかった。その玄さんは、爆発事故の犠牲となる。病院に担ぎ込まれた彼は、駆けつけた鉄平に、高炉は絶対に完成するよう言い残して息を引き取った。
大介と鉄平は、このように経営者として似た部分も少なくないにもかかわらず、ふたりはそのことに気づかず、対立を深めるばかりであった。それは大介が鉄平に対し、ある個人的な感情を抱いていたからでもある。
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武田鉄矢と笑福亭鶴瓶
ビジネスをめぐり、主人公と敵役が熾烈な駆け引きを繰り広げるという点では、『華麗なる一族』は、のちの日曜劇場の『半沢直樹』をはじめ池井戸潤原作の一連のドラマを先取りしていたともいえる。
『華麗なる一族』には、池井戸ドラマで監督を務める福澤克雄も演出のひとりとして参加していた。本作をいま見ると、大勢のエキストラを起用しての群集シーンが頻出するなど、福澤らしい演出はこのときすでに表れていたとわかる。
配役でも、阪神銀行の大亀常務を演じた武田鉄矢は、福澤とは『3年B組金八先生』以来の関係だし、笑福亭鶴瓶は『華麗なる一族』では大同銀行の専務として阪神特殊鋼への融資を渋っていたのが、『半沢直樹』では逆の立場で、銀行から融資を受けられずに死んだネジ工場の経営者(主人公・半沢の父親)を演じた。
『華麗なる一族』はまた一面では、TBSが伝統的に得意としてきたホームドラマの豪華版とも捉えられると思う。大介と鉄平の確執のそもそもの原因は何だったのか。次回ではそこからドラマを振り返ってみたい。
※次回は12月23日(水)公開予定
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。