兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第62回 兄のお守り、壊れる!」
若年性認知症を患う兄と2人暮らしするライターのツガエマナミコさんが綴る連載エッセイ。会社を退職した兄は、1日の大半をリビングでテレビを観ながら過ごしている。今回は、兄の生活にはかかせない存在、テレビが故障してしまった!というお話だ。ツガエさんと兄の元に救世主が登場し…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
我が家に大型テレビがやってきた!
先日、ついにテレビが壊れました。購入から10年は経っていたと思うので寿命だと思いますが、兄が会社に行かなくなってからのこの1年数か月は、兄のお守りをひたすら勤めてくれたテレビでした。朝7時~夜12時近くまでという長い時間をほぼ連日、老体にムチうつように働き続けた末、画面にうっすら液垂れのような模様が出始め、ある朝、電源を入れても何も映らない状態になりました。6年半前に亡くなった父が購入したテレビだったので、これでまたひとつ父の愛用品が消えたことになります。
所在なくリビングに佇んだのは兄でございます。生活のリズムがとれなくなったのかコーヒーを淹れるでも、ヒゲを剃るでもなく、ふらふらと窓に向かい朝の風景を眺めるありさま。ちょっとだけ「やーい、ざまぁみろざます」というブラック・イヤミ・ツガエが顔を覗かせました。でもそこは兄思いの妹。わたくしは秘策を用意しておりました。
「とりあえず、そっちの部屋のテレビをリビングに持ってくればいいじゃ~ん」
そうです、我が家には兄の部屋にも同じテレビがあったのです。ろくに掃除もせず埃だらけになったもうひとつのテレビを持ってきて、コードを繋げて電源オン! いつもの朝の番組が映り、兄もやっと一段落。いつものルーティンを取り戻してくれました。
秘策その2は、新しいテレビの購入です。
じつは、これまで20型の「え?」っていうほど小振りなテレビだったので、次はもう少しだけ大きなテレビを購入しようと電気屋さんで物色をしておりました。幸い例の定額給付金もいただけたので懐はホクホク。「貯金はせずに使わなければ」と思っていたので買う気満々でございました。
今や主流は4Kテレビで、旧式はかなりお安くなっております。我が家に4Kなど、豚に真珠。旧式の32型なら3~4万円で買えると算段ができました。
と、そんなとき思い出したのが「ねぇ、テレビ要る?」という遠い昔の友人の声。そう去年の今頃、まだコロナの「コ」の字もなかった頃にカラオケで大盛り上がりの最中にそう言われたのです。なんでも「要らないテレビが1台あるから、いるならお運びしますわ」というお話でした。
もちろん「ありがとう!」の二つ返事をいたしました。数日後に「あの話は本当ですか?」と念押しメールまでして、「本当、もらってくれるならありがたい」との返信にニヤついておりました。
しかし、しかしです。それからはナシのつぶて。車を持たないツガエは取りに行くこともできず、そのままコロナ騒動に突入……。気付けば1年が過ぎてしまいました。さすがに言い出せず、テレビが壊れて思い出したものの「もう別の貰い手が付いたんだろうな」と諦めておりました。
でも、来たのです突然!「明日、家にいらっしゃる?テレビお届けしたいんだけど」というメールが……!!!
な、な、なんという以心伝心。ツーアウトからの満塁ホームランでございます。
そして翌日「ドーーーン!」とやってきました、32型のアクオス! かつて大人気ブランドで泣く子も黙った亀山モデルでございます。しかも今までが20型だったのでその大きさは圧巻。ツガエ家始まって以来の巨大画面にリビングがビビりました。
兄は、わたくしの予想に反して友人夫妻が到着した後も”普通“を装って終始リビングにいりびたっておりました。もとよりその場限りの世間話にはそつがない兄でございます。昼食を囲んだ歓談でも自分が話せる唯一といっていい小中学校の頃のローカルな話を展開しておりました。何度か同じ話を繰り返しましたが、事情を知っている友人夫妻が上手に対応してくださったので、兄はたいそうご機嫌な様子でした。
というわけで兄は今、32型のテレビを食い入るように見ております。早まって買ってしまわないで本当にようございました。やはり持つべきものは友。いろんな意味で“ありがとう”を言わせてください。「この借りはカラダでお返しいたします!」
つづく…(次回は10月15日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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