西島秀俊×内野聖陽『きのう何食べた?』は今こそ観るべきホームドラマ 視聴者を魅了するその理由
『心の通う相手と食卓を囲む幸せは、コロナ禍で再認識された人生の重大事だ』。西島秀俊と内野聖陽が演じる仲睦まじい二人の姿で大人気となった深夜ドラマ『きのう何食べた?』は、お互いを思いやる二人の何気ない日常を描きながら、観る人の心を温かくしてくれる。「改めて、今こそ観るべき」だとドラマに詳しいライター大山くまおさんが、『何食べ』の魅力を考察する。
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キャスティングにひたすら驚かされた『きのう何食べた?』
2019年4月に放送された『きのう何食べた?』は、とにかくいろいろ驚かされたドラマだった。
原作は累計発行部数500万部を突破した、よしながふみの人気コミック。同性愛者である弁護士の筧史朗(シロさん)と美容師の矢吹賢二(ケンジ)の二人の同居生活を、シロさん手作りの料理を中心に描く。ひとつのエピソードの半分以上はシロさんが料理をていねいに作る描写(と1円でも安く食材を買い物しようとする描写)に費やされており、そのままレシピ本としても使用できるほど。
ドラマ化は期待されていたような気がするし、中途半端な形なら別にいいか……とも思われていたような気もする。それだけにテレビ東京の深夜枠でドラマ化が発表されたときは驚いた。ドラマ化されること自体にも驚いたが、何より主演の二人のキャスティングとそのビジュアルに度肝を抜かれた。
シロさん役は西島秀俊で、ケンジ役が内野聖陽。
細かなキャリアは割愛するが、プライムタイムのドラマどころか、大河ドラマ主演級の二人が深夜ドラマの主役を演じるなんて、ちょっとあり得ない。しかも、「日本一エプロンが似合う俳優」としての地位を築いていた西島秀俊がシロさんを演じるのはともかくとして、武骨で男臭い役柄を得意とする内野聖陽がナヨナヨして泣き虫のケンジを演じるなんて、字面だけを見て頭がバグった『何食べ』ファンも少なくなかったはず。
しかし、同時に発表された、にこやかに食事をする二人のビジュアルがまたすごかった。白いワイシャツ姿で微笑みを浮かべながら箸を持つ西島秀俊さんは想像通りのハマりっぷりだったが、その横で満面の笑みを浮かべるオレンジのチェックシャツ姿の内野聖陽がどこからどう見ても寸分違わずケンジだった。人気マンガの実写化には「イメージと違う!」というネガティブな感想がつきものだが、本作に関してはビジュアルが発表されてからほぼ絶賛のみである。
2年半もの歳月をかけて企画を進め、納得のいくキャスティングにこだわり続けたテレビ東京の松本拓プロデューサーは「世の反応がとてもよかったのでこれは成功したな」と手応えを感じていたという(シネマトゥデイ 2019年4月6日)。
平成最後、令和最初のホームドラマ
『きのう何食べた?』は、『深夜食堂』と『孤独のグルメ』が生み出した深夜ドラマの大きな流れの中にある最大の成果のひとつだと思う。
『深夜食堂』は、ごはんを中心に人間関係の機微をていねいに描くことに成功して大ヒットドラマとなった。『孤独のグルメ』は、純然たるグルメドラマとして社会現象を巻き起こした。両作によって「深夜ドラマは若者が観るもの」という固定概念も覆された。忙しく働き、夜10時スタートのドラマには間に合わない大人たちが、ゆったりした気分で観るものとしての深夜ドラマ。重すぎない平和な雰囲気、温かい気持ちになれる小さなエピソード、そしておいしそうなごはん。そのすべてを持っているのが、『きのう何食べた?』ということになる。
筆者は放送当時、このドラマを「平成最後(令和最初)のホームドラマ」と呼んでいた。ホームドラマはテレビ開局の頃から存在し、昭和の時代に隆盛を極めていたジャンルで、大きな事件はほとんど起こらず、家族や家庭内の出来事を和気あいあいとした雰囲気の中で描いてきた。食事シーンが重要視されたため、“めし食いドラマ”の異名を持つ。
『きのう何食べた?』で描かれるのも、日常のささいな出来事ばかり。だけど、そこには間違いなく人と人がいて、気持ちがすれ違ったり、笑顔になったり、幸せを噛み締めたりする。その中心にあるのは、あたたか光で包まれた、大切な人と一緒に囲む食卓であり、食べると思わず「おいしい」と言葉がこぼれるごはんである。それにしても、おいしいものを食べたら「おいしい」という言葉と表情で伝えることができるケンジは本当に素晴らしい。このドラマから学べるもっとも大切なことは、実はそれじゃないかと思っている。
昭和の時代は『寺内貫太郎一家』のような大家族がホームドラマの舞台だったが、令和の時代は同性愛カップルがホームドラマの舞台になっているのもなんだか象徴的だ。ドラマの大ヒットを受けて、2020年の元日にはスペシャルドラマが夜10時から放送された。お正月のプライムタイムに同性愛者が主人公のドラマが放送されるなんて、時代は少しずつ進んでいるんだな、と感じてしまう。
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「好き」という気持ちがあるから、ごはんが光り輝く
脚本の安達奈緒子(『透明なゆりかご』『G線上のあなたと私』など)は、この作品を描く上で何よりも大切にしたかったのは「二人の距離感」だったと語っている(第101回ザ・テレビジョンドラマアカデミー賞)。
シロさんとケンジは恋人同士。だけど、指一本触れ合わない。「食」と「生活」を通して、人にとって何が大切かをテーマに据えているので、過剰な愛情表現はノイズになる。そう考えてのジャッジだった(原作もそう)。しかし、安達は完成したドラマを見て驚くことになる。感想を抜粋する。
「見事にしてやられてしまったといいますか、愛情表現として触れ合うことはほぼないのに、画面の中には、お互いを思い合い求め合っている恋人たちが確かにそこにいて、俺たちは愛し合ってる、だから何だ、とこっちに詰め寄られているようなすごみさえ感じました」(同前)
これこそ、肉体を持つ生身の役者の力なのだろう。『きのう何食べた?』は『おっさんずラブ』のような恋愛ドラマではないけれど、作品の隅々まで「好き」という気持ちで満ち満ちていた。恋人同士だけど、触れ合わない二人を演じるにあたって内野は「西島さんと撮影前に30分間ハグしてればいいのかなとか考えた」のだそう。「2人はベッドではどうなのかな?」という話もよく西島としていたらしい(オフィシャルサイトより)。松本プロデューサーは「カメラが回っていないところでもイチャイチャしていました」と証言している(Drama&Movie 2019年8月3日)。
二人の「好き」がより濃密に表現されたのが最終回だ。シロさんが初めてケンジを実家の両親(梶芽衣子、田山涼成)に引き合わせた帰り道の坂の途中、ケンジはこう言って泣く。
「夢みたい。恋人の実家に遊びに行って、親御さんとごはんを食べる日が来るなんて。だって……俺には、そんな日が来るなんて、永遠にないって思ってたもん。もー俺、ここで死んでもいい!」
家に帰り、また普段の生活に戻る二人。シロさんに「お前が幸せ感じるなら、これからカフェぐらい何度も付き合うよ」と言われて、思わずケンジはバックハグする。画面いっぱいに二人の「好き」があふれていた。
お互いのことを「好き」だと思ったり、「大切にしたい」と思っていたりするからこそ、二人の間にあるごはんが光り輝く。相手のことを思って料理を作り、「おいしい」と言い合いながら一緒に同じ献立の食事を食べて、後片付けをする。『きのう何食べた?』が描いているのは、とても普遍的なこと。でも、その普遍的なものが、今はより一層、希少で大切なものになったように感じる。
『きのう何食べた?』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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