松嶋尚美さん 80代の母との同居で変わった、家族の日常
頼れる存在だったはずの親の様子がおかしい……日本人の平均寿命が延びたといっても、いつまで元気かは人それぞれで、健康だと思っていても親の介護は突然やってくるもの。それは誰しもに平等だ。いざというときをどう迎え、対峙したのかーータレント・松嶋尚美さんの“現実”を聞いた。
教えてくれた人
松嶋尚美さん(54)/タレント
介護は初めて。母のことを何も知らなかった
松嶋尚美さん(54才)が80代の母を大阪から東京に呼び寄せ、約30年ぶりの同居生活を始めて4年が経つ。
「母を地元で長く介護してくれていた妹が、病気で倒れたことがきっかけでした。ありがたいことに、夫が“じゃあ、うちに来てもらおう”と言ってくれたんです」(松嶋さん・以下同)
仕事で大阪に行く機会は多く、母とはよく会っていたというものの、介護となると最初はわからないことだらけだったという。
「すでに大阪で要介護認定を受けていたので、ケアマネジャーの変更を含めた引き継ぎが大変でしたし、同居していたわけではないので母の状態をほぼ知らなかった。年相応に認知機能が低下していて“私は何もわからん”という感じ。病歴も不明でしたが、妹が書きとめていたメモが見つかって、糖尿病などの持病があるとわかったんです」
問題はそれだけではなかった。
「母が何をどの程度、自分でできるのかもわかりませんでした。トイレやお風呂には妹が付き添っていたので、どんなふうに手助けしていたのかも知りませんでした」
松嶋さんは同居を始めた当初、「全部やらなきゃ」とトイレのズボンの上げ下げまでしていたという。しかし、ほどなくしてそれは“やりすぎ”だったと気づく。
「母が友達に“いまの私はお姫様扱いや。お風呂もトイレも何もしなくていい”と話しているのを聞いて、もう仰天。介護しすぎると、できることもできなくなってしまうリスクがあることを知らなかった。ケアマネさんからも、できることは自分でやってもらうようにと言われて反省しました」
介護を通して強まった家族の結びつき
家には13才の息子と12才の娘もいて、家族への負担を思うと心苦しさもある。
「介護による時間の制約があり、家族にはかなり迷惑をかけています。母がデイケアから戻る夕方5時までには家に戻らないといけないから、子供のサッカーを見ていても途中で抜けることになる。薬の時間もあって、“今日は帰りが遅いから外食しよう”というのも難しいです」
しかし介護があるからこそ、子供たちのおばあちゃんへの思いは強まり、家族の絆は深まったと話す。
「息子は私の代わりに、妹の塾のお迎えに行ってくれるし、娘は母に塗り絵や水彩画を教えて面倒を見てくれる。私が母をお風呂に入れる間は、夫が食器を洗ってくれるんです」
ひとりで抱え込まず、家族や自分自身も大切にするのが松嶋さんのスタンスだ。
「介護される側も気を使っているはずだから、平日はショートステイを利用して週末は一緒に過ごすなど、お互いに限界が来ないようにした方がいい。できることは自分でやるけれど、自分だけでやろうとしないことです」
写真/本人提供、Getty Images
※女性セブン2025年12月25日・2026年1月1日号
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