安藤なつさん、お笑いと介護の共通点は「受け流す力」「空気を読む力」|バケモノと呼ばれた夜勤の話
お笑いコンビ・メイプル超合金の安藤なつさんは、介護職のキャリアは20年超。長年介護施設の利用者のケアをしてきた中では、驚くような発言や思わず笑っちゃうやり取りも多いという。3回に渡りお届けしてきた安藤さんと介護にまつわるお話、最終回のテーマは「お笑いと介護」。お笑い芸人と介護の仕事には、ある共通点があるという。
安藤なつさんがお笑いで培った「受け流す力」
「バ、バケモノだ~!!大変だ、みんな起きて~」
――深夜2時、介護施設の利用者が震える声で叫んだ。すると、安藤なつさんはこう答えた。
「はい、そうなんです。いま山から降りてきたばかりなんですよ。えへへ」
「介護施設で夜勤をしていたとき、真夜中に利用者さんのオムツを交換しに行ったんです。認知症のおばあちゃんが起きないように、そっと部屋に入って、静かにゆっくり布団をめくって、オムツを替えようとしたら、おばあちゃんがパチッと目を開いた。私と目が合った瞬間、バケモンだ~って!
バケモノと言われたら、ショックを受ける人もいるかもしれませんけど、私の場合はまあ、お笑い芸人をやっていることもあって、受け流す力がついているのかもしれません」
安藤さんがお笑いの現場で培った「受け流す力」は、介護現場ではとても役に立つものだという。
「お笑いの世界でおまえはバケモノだって言われたら、はいバケモノです~と肯定してネタを膨らませることもあります。お笑いの現場ではいちいち傷ついていられないですし、相手の言葉を受け流していかないと話が進まないことも多いですからね。
介護の現場は人と人との距離が近いだけに、すべての言葉の意味を真正面から受け止めていると気持ちが持たないこともあると思うんですよ。
利用者さんもわざと不本意な言葉を発しているわけではなく、ご高齢になってご自身の発言がうまくコントロールできないとか、認知症による症状のせいかもしれないので」
利用者とのちぐはぐな会話の中にも「笑い」の要素はあるという。
「人によっては傷つくかもしれない言葉を利用者のかたからぶつけられることも多々ありますが、そんなときでも、私は笑っちゃうんですよ。
だって、夜中に目が覚めたら、いきなり私のようなでっかい人が現れたら誰だって驚きますよね。『びっくりさせちゃいましたね。実はいま山から降りてきたばかりで、なにもわからないんですよぉ、ごめんなさいね』と、おだやかな口調で声をかけて、その後は無事にオムツ交換をすることができました」
相手を否定せず話にのっかる
「受け流す力」とともに、安藤さんが意識しているのが、「否定はせず、肯定して相手の会話にのっかる」こと。
「高齢の利用者さんには大相撲が好きなかたが多いんですよ。あるとき介護施設にヘルプで入ったら、おばあちゃんから、『夏場所の調子はどうなの?』って普通に聞かれまして…。
ネタでも土俵入りのポーズをすることがあるので、私のことを芸人だとわかっていて言っているのか、本心なのかは謎だったんですけど、『今期の夏場所は、怪我で休場しているんですよ~』と話を合わせてみたところ、『そうなの、大変ねえ』と納得されて非常にスムーズに会話が進みました(笑い)。
とんでもないことを言われたとしても、私の場合、ちょっと立ち止まって、なぜそう言われたかを考えてみます。ひと呼吸置くことで、そりゃそうだって納得できちゃうことも多いんですよ。
嫌なことを言われたとしても面白がって受け流す。すべて受け止めて傷ついて、介護の仕事を辛いと思ってしまうのはもったいないと思うんですよ」
介護の仕事がお笑いに生きた「空気を読む力」
介護の仕事がお笑いの現場に生きたこともある。それが「空気を読む力」だという。
「介護職は対人の仕事ですから、その場の空気を察する力がとても重要視されるんです。利用者さんの表情や態度から、どんなケアが必要なのか、何をして欲しいのかを探っていくのが大事になります。
場の空気を読んで発言していくことは、トーク番組とか、お笑い芸人にはとても大事な能力だと思うんですよね。相手から何を求められているのか、それを察知してトークを繋いでいくという、なかなか難しいことではあるんですけど」
安藤なつさんをはじめ、介護の仕事経験をもつお笑い芸人は増えている。ともに介護福祉士の資格取得を目指したマッハスピード剛速球のさかまき。さんをはじめ、EXITのりんたろー。さんも介護施設で長年アルバイトを続けていた。
“あるある探検隊”でおなじみのお笑いコンビ・レギュラーは、レクリエーション介護士の資格を取得し、本格的に介護施設で活動している。
→芸人コンビ・レギュラーに密着インタビュー|笑いのバリアフリー化を目指して(前編)~シリーズ「私と介護」
「お笑い芸人と介護職って相性が合うと思いますね。相手の行動をよく観察して空気を読んでトークを重ねていくところとか。
過去に不祥事を起こしたお笑い芸人が、介護施設でボランティアをして償うみたいなことがありましたけど、最初は『えっ、介護で禊(みそ)ぎかよ』と思ったんですが、介護施設は究極の人間関係が学べる場でもありますから。介護施設では人との関りにはごまかしがききません。真面目に働いて、人との深いつながりを知る人生勉強の場になると思います。お笑いの人たちもどんどん介護業界に来てほしいですよ」
介護業界に人をたくさん呼びたい!
お笑いと介護、相乗効果で仕事に生きている。そんな安藤さんが、今気になっていることがあるという。
「20年以上介護業界に携わってきましたが、常に人が足りないんです。お笑いの仕事が空いたときだけでいいからヘルプに入ってくれっていう状況で、だからこそ介護の仕事を長く続けてこられたというのもあるんですが。
人手不足の状況を逆手に取れば、空いた時間だけでも働ける、融通が利くというメリットもあると思います。ほかの職種よりも働き方の自由度が高いんじゃないか思いますね。
介護福祉士の資格を取ったのも、この仕事が好きで本気でイメージを変えていきたいと思っているから。介護業界にもっと人を呼ぶためにも、これからも介護の仕事の楽しさを伝えていきたいと思っています」
プロフィール
安藤なつさん
1981年東京生まれ。中学時代から介護施設でのボランティアを経験。高校時代から本格的にお笑い芸人を目指し、女子プロレスラーとしての活動経験も。2012年にメイプル超合金を結成。以降も介護に関する仕事を続けている。2023年介護福祉士の資格を取得。共著『知っトク介護 弱った親と自分を守る お金とおトクなサービス超入門』(KADOKAWA)。
撮影/市瀬真以 取材・文/氏家裕子
●安藤なつさん「介護福祉士」を取得!国家資格に挑戦した理由「介護職のネガティブイメージを変えていきたい」