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突然始まった95歳の母の自宅介護。心も体も追い付かず、10日後には自分が倒れてしまった|松島トモ子さんインタビューvol.1

 今年で芸能生活75年を迎える松島トモ子さん。9年前のある日、突然、95歳の母・志奈枝さんに異変が起きた。認知症だった。その日から母親は別の人間になってしまった。以前から「施設に入るのは絶対に嫌」と言っていた本人の意志を尊重して、松島さんは自宅介護を選択する。しかし、それは想像をはるかに超える壮絶な日々だった。5年半の介護生活を経験した松島さんに、当時の状況と今の思いを語ってもらった。(取材・文/石原壮一郎)

レディだった母が180度変わってしまった日

――介護生活を経て、お母様の志奈枝さんは3年半前に、100歳8カ月でお亡くなりになりました。

 時間が経てば、母がいない生活に徐々に慣れていくのかと思ったんですけど、そんなことはまったくないですね。今も心に大きな穴が開いたままです。私にとって母は、仕事も日常生活も、人生のすべてを支えてくれていた大きな存在でした。

 その母に異変が起きたのは、95歳の誕生日を祝う食事会のときです。母が大好きな十数人の方々といっしょに、中華料理を楽しむ会を開きました。会の途中に、母が失禁したんです。見る見るうちに豪華な椅子にシミが広がっていく。そのときの私は、みなさんの前でどう取り繕えばいいのかと思うばかりで、母を思いやる余裕はありませんでした。

 それまでの母は本当にレディだったんです。いつもきちんと身なりを整えて、他人の悪口なんて言ったことなかった。でも、その日を境に180度変わってしまいました。エクソシストみたいな形相で、私に向けて花瓶から椅子から手当たり次第に投げつけてきたり、真夜中に外に飛び出して「トモ子に殺されるー!」と大声で叫んだり……。包丁をこっちに向けて「一緒に死のう」と言われたことも何度もあります。

 ――頼りにし、尊敬していたお母様の変化を受け止めるのは、簡単ではなかったかと。

 何の心の準備もしてなかったので、頭も体も追い付きませんでしたね。私、食事会から10日ぐらい経った頃に、仕事に行く途中で倒れちゃったんです。病院で検査してもらったら、過度のストレスによるパニック障害と過呼吸だと診断されました。もともと40キロだった体重が、わずかのあいだに7キロぐらい減ってました。

 とにかく、ひとつひとつ対処していかなきゃいけない。自分がやるしかないんですけど、何から手を付けていいのかまったくわかりません。民生委員をやっていた友だちに教えてもらいながら、生まれて初めて区役所に行って手続きしたり、包括支援センターっていう読み方も知らなかった場所を訪ねて介護認定を申請したりしました。

自宅介護は想像をはるかに超える大変な道のりだった

――松島さんは、変わってしまったお母様を自宅で介護する道を選びました。

 身内の介護が必要になったときに、自宅で介護するか老人ホームなどの施設を利用するか、どなたもすごく悩むと思うんです。自分が介護を経験してみてわかりましたけど、100人いれば100通りの介護のやり方がある。正解も間違いもありません。

 母は元気なころから「施設に入るのは絶対に嫌」と言っていました。終戦後、中国東北部から生まれたばかりの私を命がけで守りながら引き揚げてきて、子どもの頃から仕事でもプライベートでも私を支え続けてくれた。母は自分の人生を私に捧げてくれたんです。

 周囲の人たちは「お湯も自分で沸かせないあなたに、自宅介護なんて絶対に無理。施設に入るほうがお母様も幸せよ」と言って反対しました。でも、私は「施設には入れない」と強くこだわっていました。自分が楽をすることへの後ろめたさがあった気がします。ただ、想像をはるかに超えるたいへんな道のりで、けっしてオススメはしません。

――5年半のあいだに「やっぱり自宅介護は無理」と思ったことはないですか。

 何度もあります。あちこち施設を見学したりもしました。超高級なところから一般的なところまでいろいろありましたけど、もし自分が入ることを想像すると「ここで暮らしたい」と思える場所に出合えなかったんですよね。心の奥では「施設に入れたくない」と思っているから、いいところが目に入らなかったのかもしれません。

 心身ともに疲れ果てて、朝になって母の部屋のドアを開ける瞬間に、心の中で「息が止まっていてくれたら……」と怖いことを願ったこともあります。それだけ追い詰められていたんですね。母の前で「やさしい娘」を演じきれずに、きつい言葉をぶつけてあとで自己嫌悪にさいなまれるなんてこともしょっちゅうでした。女優なのに情けないですね。

――介護中にお書きになった本『老老介護の幸せ』には、素晴らしいケアマネジャーさんとの出会いによって自分たちは救われたとあります。

 その方がいなかったら、母とふたりで共倒れになっていたでしょうね。私たち親子に本当に寄り添って、頻繁に様子を見に訪ねてきてくださったり電話をくださったり。いちばんありがたかったのは、私が仕事を休もうと思っていると相談したときに、「絶対に休んじゃダメ」と言ってくれたことです。「介護は何年続くかわからない戦いです。介護が終わっていざ復帰しようとしても、70歳を過ぎたあなたに誰が仕事を頼んでくれますか」と、はっきり言ってくれました。おかげで今も仕事を続けることができています。

「レビー小体型認知症」と診断されてから、私も母自身も楽になった

――今振り返って、もっとこうすればよかったと思うことはありますか?

 日々の介護については「もっとこうすればよかった」ばかりです。それは別として、介護が始まったとき母はもう95歳だったから、きっと何か前兆があったと思うんですよね。なかったとしても、いつまでも元気でいられるわけではありません。

 母はよく「私が死ぬのは、トモ子ちゃんの立派なお葬式を出してから」と言っていて、私もそうしてもらえたらいいなって漠然と思っていました。きっと親の老いを直視するのを避けていたでしょうね。いつまでも元気でいてくれるわけじゃないのに。

 それともつながる話ですけど、認知症についてあまりに無知だったのも反省点です。最初の頃は何が起きているのかわからずに、母に対しても正直に接しすぎていました。自分もですが、母もつらかったと思います。

 一年半ほどして「レビー小体型認知症」と診断されてからは、症状に合わせたお薬を出してもらって、困った症状が出たときの適切な接し方や受け止め方を教わったり、穏やかに過ごすために必要な介護サービスを受けたりすることもできました。知るって大事ですね。

 じつは、最初に母を診てくださっていた訪問医師のご高齢の先生は、いつも世間話をして漢方薬を出すだけで、認知症については何も対応してくれませんでした。悩みましたが、ケアマネジャーさんに相談して、認知症専門の先生に替えてもらったんです。お医者さんを替えてほしいと言うのは勇気がいりますけど、疑問を抱いたまま我慢する必要はありません。いわば介護される側とする側の命がかかってるんですから。

 お医者さんだけじゃなく、ケアマネジャーさんも同じです。私はいいケアマネさんと巡り合えましたが、どうしても納得できない場合は、包括支援センターに相談してみたほうがいいでしょうね。どのケアマネさんも一生懸命にやってくださっていますけど、介護チームの司令塔でありムードメーカーですから、信頼できる方の舵取りじゃないと全力で戦えません。もちろん、プロに対する敬意と感謝の気持ちを持つことは大前提ですけど、介護を続けていくための「いい環境」を整えるのも、介護する側の役割だと思います。

松島トモ子(まつしま・ともこ)

1945年7月、旧満州(中国東北部)奉天に生まれる。父はシベリアに抑留されたまま死亡。1950年、映画『獅子の罠』でデビュー。以後、名子役として高い評価と絶大な人気を獲得。『鞍馬天狗』『丹下左膳』など約80本の映画で主演を務める。少女雑誌の表紙モデルや歌手としても活躍。その後、ニューヨークに2年間留学し卒業。50代から取り組んだ車椅子ダンスでは、1998年に世界選手権で優勝した。テレビの取材でライオンとヒョウに襲われ、奇跡的に助かった経験を持つ。現在は歌手活動や講演会など、多方面で活躍を続けている。おもな著書に『母と娘の旅路』(文藝春秋)、『車椅子でシャル・ウイ・ダンス』(海竜社)、『ホームレスさんこんにちは』(めるくまーる)、『老老介護の幸せ 母と娘の最後の旅路』(飛鳥新社)など。
5月23日(金)には、東京・世田谷の成城ホールで恒例の「おしゃべりと歌で綴るコンサート vol.21」を開催。
松島トモ子オフィシャルブログ「ライオンの餌」https://ameblo.jp/matsushima-tomoko
コンサートチケット問い合わせ:K・企画
詳細&フォーム予約 https://www.k-kikaku1996.com/work/matsushima/index.html

石原壮一郎(いしはら・そういちろう)

1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」「失礼な一言」など著書多数。新著『昭和人間のトリセツ』(日経プレミアシリーズ)と『大人のための“名言ケア”』(創元社)が好評発売中。

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