認知症の妻を介護した作家・阿刀田高さん(90)「真夜中に水をかけられたことも」 妻亡き後は『自由に、いい加減』な暮らしを実践中
人生100年時代とはいうものの、80代を走り切り、90才をすぎてなお現役を貫く人は稀だ。心身ともに健康を維持する秘訣はどこにあるのか。『90歳、男のひとり暮らし』(新潮社)を上梓した作家の阿刀田高さんに聞いた。
教えてくれた人
阿刀田高(あとうだ・たかし)さん/1935年、東京都生まれ、90才。作家。1978年『冷蔵庫より愛をこめて』で小説家デビュー。1979年『ナポレオン狂』で直木賞、1995年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞を受賞。2018年には文化功労者に選出された。
「不機嫌」「声を荒げる」旅行先で気づいた妻の異変
今年の1月に満90才になりました。この年まで身体のことについては、さほど不自由なく過ごして来ることができましたが、ここ数年はさすがに体力の衰えを感じています。それでも気力のほうは病床の妻を支えることで保たれていたのかもしれません。
2020年の暮れから翌年始にかけて、私たち夫婦は伊豆の修善寺に旅行に出かけました。いま考えると、それ以前からいくつか兆しはあったのですが、妻の異変を間近に感じるようになるのは、この旅行からだったように思います。
宿に着く前から機嫌が悪く、「あなたひとりで行けばいいじゃない」「私は帰ります」などと声を荒げるのです。現地に着いても「あなたはひどい」と当たってくる。もしかしたら何かの病気なのかもしれない。そう感じた私は、旅行から戻るとすぐに妻を病院に連れて行くことにしました。結果、妻はレビー小体型の認知症であることがわかったのです。
「共倒れになってしまいますよ」知らないうちに限界を迎えた介護生活
それから2年間、症状が次第に悪化していく妻との暮らしがはじまりました。レビー小体型認知症は、身体のこわばりや震えが発生するなどの特徴があります。そうした症状が原因となったのでしょう。妻はある日、階段から転げ落ちて脊椎腰部を骨折してしまった。
車椅子の生活となった妻のために食事をはじめとした介護生活が始まりました。認知症の症状も進み、真夜中に突然水をかけられたこともあります。もちろん介護保険サービスも使っていました。毎日のようにヘルパーさんが通ってくれるのですが、その人たちに対して、暴言を吐くといったことも度々でした。
知人に相談すると、その方の知り合いで介護施設の職員をされている方が我が家の様子を見に来てくれました。妻や私の状態をひと通り確認したあと、その方はこう言いました。
「かなり危険な状態です。このままの生活があと半年続けば、阿刀田さんも共倒れになってしまいますよ」
妻のためにと、無我夢中だったのでしょう。当時のことはよく覚えていないのですが、端から見れば追い詰められた状態だったようです。意を決して妻を施設に入れることにしました。これが、2023年1月のことです。
妻亡き後は『自由に、いい加減』な生活を満喫
そんな妻も、今年5月に87才で亡くなりました。私は近所に暮らす次男夫婦の助けを借りながらのひとり暮らしです。正直なことを言うと、もう心残りはありません。毎日『自由に、いい加減』に生きています。
朝はだいたい6時にはベッドを出ます。朝食は7時くらい。自分のことは、ある程度自分でやる。これが『自由に、いい加減』な生活の条件です。
食事は自分で作ります。朝はバタートーストに卵とブロッコリーを茹で、トマトやバナナを切って添えます。タンパク質も欲しいので、これに小ぶりのソーセージを一本。食後にヨーグルトが定番のメニューです。朝はしっかり食べます。
昼は作り置きの野菜スープなどで簡単にすませます。夕食では肉や魚も食べます。親子丼を作ることもあるし、茶碗蒸しも作ります。お酒は妻が認知症であることがわかった5年前からすっかり飲まなくなりました。
体力作りも大切です。トイレに行くたびに、ドア近くに付けた手すりに掴まって屈伸運動を12回やります。1日に5回はトイレに行くので合計60回の計算になりますね。
週に何度かは近所のスーパーにリュックサックを背負い、杖をついて出かけます。スーパーより、もう少し離れた場所にある郵便局にも、月に何度か行きます。杖をついておぼつかない足取りですが、「あの電信柱まで頑張れ」と自分に言い聞かせて歩いています。途中で好物のみたらし団子を買って食べるのが、ささやかな楽しみです。
こうした日常を『90歳、男のひとり暮らし』(文藝春秋)として一冊にしたところ、思いのほか多くの読者から共感いただいたようで、うれしい限りです。
この年になってみて、自分を振り返り、感じたことをいくつかーー。私は1日に何度も鏡を見るようにしています。そして髪に櫛を入れる。2、3日ごとに髭を剃る。着るものにも少しは気を使います。汚い爺さんは嫌でしょう。鏡の中の自分自身が汚いとなさけなくなってしまう。
ささやかな納得を抱えて生きる
年を重ねると通信簿の下のほうが大切だなと、つくづく感じています。小学校の通信簿は上のほうに国語、算数、理科、社会があって、下のほうに図工、音楽、体育がありました。あの頃は上のほうばかりを見ていましたが、今考えるともっと図工や音楽、体育に気を使っておくべきでした。ピアノが弾けたら、絵が描けたら、身軽に運動ができたら……。いまになって思います。
健康を保つために、「密やかなエロス」に親しむのも大切だと思っています。法に触れるものや顰蹙(ひんしゅく)を買うものはいけません。でも、心に浮かんだエロスを自らのモラルで否定するのは良くない。
世の中は分布曲線だと私は考えています。例えば人間の才能。大部分が普通だけど、少しできの良いのがいて、すごくできの良いのがほんの僅かに存在する。逆に少しできの悪いのと、すごくできの悪いのも同数います。グラフにすると真ん中が盛り上がって、両端が下がっている。
こうした分布曲線で物事を見て、何かいいことがあるのかと言われれば、何もないのだけれど、世の中はそんなものだと、ささやかな納得が広がり、どこか心が休まるのです。
※週刊ポスト2025年11月28日・12月5日号
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