高齢者ほど笑いを!《笑いが健康に及ぼす効果》について専門家に直撃「医療現場で活用されている笑い療法」とは
年齢を重ねるにつれ笑顔が消え、不機嫌な高齢者が増えているような気がする。肩が触れただけで舌打ちし、眉間にしわを寄せ怒りの表情を浮かべる…。そんな世の中に「もっと笑いを!」と、今年還暦を迎えた記者が立ち上がった。幼い頃から笑いを愛してきたR60記者が「笑いと健康」についてのエビデンスを求め、専門家を訪ねた。
教えてくれた人
外科医・医学博士 高柳和江さん
神戸大学医学部卒。クウェートの国立病院で小児外科医療に10年間従事。亀田総合病院の小児外科医長や順天堂大学小児外科非常勤講師などを歴任。一般社団法人「癒しの環境研究会」https://www.jshe.gr.jp/index.htmlを発足させ、医療における笑いや癒しの研究を続ける。『びっくりするほど健康になる! 笑医力』(徳間書店)など著書多数。
ベルクソンの『笑い』を読みふけった青春時代
みなさん最近、笑っていますか?
思春期のころは「箸が転がってもおかしい」なんて言われたものだが、いつしか年を重ねて気が付いたら、笑うことが少なくなったと感じている人もいるのではないだろうか。
大阪生まれの記者は、幼い頃から「笑い」が身近なものだった。中学時代には、漫才の台本作家の通信教育を受け、大人ぶって落語の本や、フランスの哲学者、アンリ・ベルクソン(1859~1941年)の『笑い』を愛読し、「滑稽とは社会的適応性を欠いたもの」なんて一節に訳知り顔に(親には呆れられていたが)。
笑えない暗い思春期を通り過ぎ、その反動で20代にはカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した時代劇映画『親鸞・白い道』(1987年)のオーデションに受かって出演。引っ越しできるぐらいのギャラをもらったのを幸いに、家出するように上京。その後もコメディー映画に出演し、喜劇の舞台をプロデュース、お笑い芸人も経験するなど、気が付けば笑いと関わる演(えん)の世界で時を過ごしてきた。
40代で記者を生業にしてからも笑いへの憧憬の念は消えない。笑いは記者の人生の礎となっているのである。
笑いは健康とどう関係するのか?
つい最近のこと、朝の寝床でまどろんでいると、ふと「笑いは健康にも寄与するのでは」「笑いによって老いの不安に打ち勝てないか」。笑いの神の啓示か、ひらめきが降りて来たのだった。
記者はさっそく飛び起き、周囲に聞き込み、リサーチを重ねたところ「笑い療法士」なる専門資格があることを発見。さらに、笑い療法士を養成する団体「癒しの環境研究会」を見つけた。
早速、取材を申し込んだところ、同研究会・理事長の高柳和江さんが対応してくれた。
「『癒しの環境研究会』が認定した笑い療法士に注目してくださって、ありがとうございます。私どもの笑いは、わっはっはとやみくもに笑うのではなく、心から感動して笑う。それこそが免疫力を高める笑いなんです」(高柳さん、以下同)
高柳さんは、医師として長年海外で医療活動をして来られた。早くから癒しと笑いに着目し、医療や介護に笑いを取り入れる活動をされている。笑いに関する著作も多く執筆されている日本における第一人者だ。そんな高柳さんの笑いに関するお話は、記者が触れてきた笑いの世界とは全く異なったもので、とてもユニークなものだった。
話を伺ううちに、笑いはシニア世代の(若者ももちろん)QOLをはじめ、社会を豊かに向上させる可能性を秘めていると感じるようになった。高柳さんから教えてもらった、生活に役立つ、笑いと健康についての情報を、読者のみなさんと共有していきたい。
笑いの効能とは?
まず気になるのは、「笑いは健康に良いという医学的エビデンスはあるのか否か」だ。
「笑いで元気になるのは科学で証明されています。ナチュラル・キラー細胞(以下、NK細胞)という名前を聞いたことがある人もいらっしゃると思いますが、このNK細胞が関係しています。
NK細胞は、リンパ球の一種で、体内でウイルスなどに感染した細胞やがん細胞などに結合して攻撃する能力を持つ、免疫システムの要といえる存在です。
私たちが笑うと、免疫のコントロール機能を司る間脳と呼ばれる部分に興奮が伝わり、意欲を高めたり、幸福感を感じたり、鎮痛効果のある情報伝達物質の神経ペプチドが活発に生産されます。
神経ペプチドは、血液やリンパ液を通じて体中に流れ出し、NK細胞に付着します。するとNK細胞が活性化し、免疫力が高まるという仕組みです。
ただし、免疫力が過剰になると自分自身の体まで攻撃することになり、リウマチや膠原病などの自己免疫疾患を引き起します。つまり、免疫力にはバランスが大切なのですが、笑いには、免疫システム全体のバランスを整える効果もあるのです。つまり、大いに笑えば、がんやウイルスに対する抵抗力が高まり、同時に免疫異常の改善に繋がるというわけです」
「老化によってNK細胞の働きは弱くなるため、高齢者ほど笑ってほしいと思います。
我々が提唱するのは感動の笑いです。たとえば雨上がりに虹を見た時、立ち止まって息を吸って、『はぁ~、なんてきれいなんだ!』と心の底から感じてみる。些細なことでも感動を膨らませていくと笑みがこぼれます。
また、簡単なのは、目の前の人の本当のことを褒めることです。本当のことなので相手もしっかり受け止められます。相手は心が温まり、双方が温かい気持ちになります。そこから笑いが生まれるのです」
笑い療法士とは?
高柳さんが理事を務める「癒しの環境研究会」では、その笑いを医療現場の患者さんに届ける人材を養成している。
「現在私が代表世話人を勤める『癒しの環境研究会』では『笑い療法士評価認定委員会』を立ち上げ、『笑い療法士』を育てています。笑い療法士は、笑いをもって患者の自己治癒力を高め病気の予防をサポートする専門家です。
医療・福祉関係者のほか、患者さんやご家族など一般のかたにもチャレンジいただいています。その人がいるだけで空気が変わる、社会が楽しくなる人を求めています。
2005年に第1回の試験を実施し、49名を3級に認定して以来、2025年の20期生までで、およそ1200名の笑い療法士が誕生し、全国各地で活動をしています」
笑い療法士は(1級~3級)は現在、応募者が多く、候補者になるには、書類審査で9.3倍の狭き門とのこと。候補者は(患者心理学)や(脳の解剖)、(笑いの医学的基礎)など3日間にわたるトレーニングと講習を受け、その後のフォローアップと呼ばれる2~3か月の実績を持って、ようやく3級の「療法士」に認定されるんだそう。
「笑い療法士の仕事は、人を笑わせるのではなく、笑いをひきだすのが目的。とくにパフォーマンスや道具を必要とはしませんし、お笑い芸人さんのように相手を笑わせようとするものとは異なります。
対象者に寄り添い、日常の中にある『箸が転がる』ような、小さな非日常を拾い上げて共感することで、笑いに変えていく。そんなコミュニケーションを実践します。小さなことを新しい視点で見つめ直し、そして感動することで、心から笑うことができるんです。それが遺伝子が変わる笑いです。
笑い療法を受けたあるがん患者のかたが、痛みが治まったり、腫瘍マーカーが下がったりした報告もあるんですよ。
病を抱える多くの患者さんは、笑おうと思っても笑える状況ではないですよね。そうした患者さんにこそ、補完代替医療として笑いを取り入れていきたいんです。患者さんたちが心から笑えるような場と空気を提供する、笑える環境を整えることが必要だと考えています」
笑い療法は、がん患者さんなどのほか、ひとり暮らしの高齢者や、介護現場などでも活用できるという。
幼い頃から笑いに取り憑かれてきた記者だが、笑いは人を救う力があるのだと高柳さんの話を聞いて確信。「笑い療法士」の活動や成果、活用方法などについて、より深く掘り下げてレポートする予定だ。
取材・文/立花加久