お口の健康を守る《オーラルフレイル》予防策「入れ歯を外したまま食事を続けるのはNG」理由を管理栄養士が解説
お口の健康状態が弱った「オーラルフレイル」に要注意だ。管理栄養士の川鍋瞳さんが高齢者の栄養相談を受ける中で、最近気になるのが「義歯をつけずに食事をする高齢者が多く、オーラルフレイルの懸念も…」。全身の健康リスクを脅かすオーラルフレイルの対策について解説いただいた。
教えてくれた人/管理栄養士・川鍋仁美さん
管理栄養士。2児の母。大学卒業後、総合病院に勤務。介護食・嚥下食などの献立作成や栄養相談など行ってきた経験を活かし、現在はデイサービスで高齢者の栄養サポートなどを行う。介護する人もされる人も笑顔になれる「介護食作り」を目指し、活動中。「管理栄養士が伝授!いちばんやさしい介護食ガイド」の運営・執筆も手がける。https://eiyousupport.com/
オーラルフレイルにご用心!
「オーラルフレイル」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
オーラルフレイルとは、加齢によって「口の機能が衰えはじめている状態」のことをいいます。何もしなければ口腔機能は少しずつ低下してしまいますが、オーラルフレイルを自覚して、しっかり対策をすることで予防や改善につながります。
口腔状態が悪化すると、食べることが難しくなって体全体の機能低下を招く恐れも。オーラルフレイルは放置していると、要介護度が進み、死亡リスクが高まるともいわれているため、早めの対策が肝心です。口の健康と体全身の意外な関係や、健康を守るために食事で気を付けたいポイントをご紹介します。
口の健康状態は全身の機能に影響する
栄養相談をする中で、高齢者のかたのお口の健康状態も確認するのですが、コロナ禍以降、とくに義歯をしないかたが非常に増えたように感じます。マスクをしているからいいやと思うのかもしれませんが、長らく義歯を付けないでいたら、「義歯が合わなくなった」「つけると違和感がある」と、そのままつけずに過ごしているというかたが多いんです。
たいてい皆さん「大丈夫、何の問題もないわよ」と話されるのですが、義歯をつけずに歯茎で食事を摂るのは簡単なことではありません。口の状態は体のいろんな機能と密接につながりがあるので注意が必要です。
消化不良を起こしやすい
義歯をせずに食事をすると、食べ物を十分にかみ砕くことができないので消化吸収にも影響し、胃腸に負担もかかります。また、「噛むこと」で分泌が促される唾液の分泌も減ってしまいます。
唾液が少ないと口の中で食べ物がまとまりにくく、飲み込みもしにくくなり、誤嚥のリスクも高まります。唾液に含まれる消化酵素が減ってしまうと、消化不良も起こしやすくなります。年齢とともに消化・吸収能力が低下してくる高齢者はとくに低栄養を招きやすくなります。
全身の不調を招く
このほか、口腔状態が悪く嚥下機能も落ちていると「誤嚥性肺炎」を起こしやすくなります。また、歯周病と糖尿病、心筋梗塞や脳梗塞などの関係も示唆されており、口の健康状態はさまざまな不調と関連しているのです。
さらに、しっかりと噛むことは「脳への刺激」にもなりますので、義歯をせずに柔らかいものばかり食べているのは危険。正しい嚙み合わせでよく噛んで食べることは全身のバランスを保つことにもつながっています。歯がないことでこれらの機能が低下しバランスが崩れてしまうと転倒リスクも高まるといわれています。
食事の際に気を付けたい4つのポイント
普段の食事でオーラルフレイルを防ぐポイントを確認しておきましょう。
たんぱく質は欠かさずに
オーラルフレイルの予防には、まずバランスの取れた食事で栄養をしっかり確保することが大切です。中でも、たんぱく質(肉・魚・卵・大豆製品・乳製品)を意識して摂ることが大切です。
硬いものが食べにくい場合でも、お肉なら「そぼろ」、魚なら骨まで柔らかい「缶詰」のほか、豆腐やヨーグルト、卵など、たんぱく質豊富な食材を1日3食、毎食1つは食事に取り入れましょう。
噛み応えのあるもので咀嚼機能を鍛える
嚥下の状態にもよりますが、誤嚥の不安から、なんでも食材を柔らかくしすぎたり、ミキサーにかけて流動食にしたりしていると、「噛まない」ことでさらに口腔機能が低下してしまう可能性も。
オーラルフレイルの初期段階の場合、やや噛み応えがある食材をあまり細かくせず大きめに切って噛む回数を増やすことで、咀嚼機能を鍛えることができます。かまぼこなどの練り物などはおすすめです。また、義歯を外すか、歯茎で、市販のガムを噛むのもおすすめです。
かかりつけ医や歯科医師、歯科衛生士、管理栄養士に相談して食事の状態を決めていけるとよいでしょう。
噛む力を鍛える「切り干し大根の煮物」<レシピ>
切り干し大根は戻し具合で、かたさを調節できます。切り干し大根の歯触りを楽しみながら噛むことを意識してみましょう。
<材料>
切り干し大根…30g
にんじん…1/3本
油揚げ…1枚
だし汁…200ml
砂糖…小さじ2
みりん…小さじ1
醤油…大さじ1
サラダ油…大さじ1
<作り方>
【1】切り干し大根をもみ洗いして、たっぷりの水で15分ほど戻しておく。
【2】にんじんの皮を向いて千切りにする。
【3】油あげを縦半分に切った後、千切りにする。
【4】戻した切り干し大根をよく絞って、食べやすい長さに切る。
【5】鍋にサラダ油をしいて、にんじんと油揚げをかるく炒める。
【6】【5】にほぐした切り干し大根を加える。
【7】だし汁、砂糖、みりん、醤油を加えて中火で煮て、煮汁がほとんどなくなったら完成。器に盛って、お好みでゴマを少量振りかけても。
「ひと口・30回噛む」ことを意識しよう
柔らかい食材であっても「ひと口食べたら30回噛む」ことを意識し、よく噛んで食べることで唾液の分泌や、脳への刺激にもつながります。
実際に30回噛むことを実践してみると、想像以上に時間がかかることに驚くかたもいらっしゃると思います。毎回30回が難しいかもしれませんが、「ゆっくりよく噛む」ことで、誤嚥やむせるのを防ぐことができると思います。まずは、しっかりゆっくり噛むことを意識してみてください。
食事前に口腔体操を実践
高齢者施設では、口腔・嚥下体操を食事前に行っていることが多いのですが、自宅で実践されるかたはまだ少ないかもしれません。食事前に数分行うだけで食事の食べやすさや口腔状態の改善につながるのでぜひ実践してほしいです。
たとえば、声を出しながら口をすぼめたり、横に開いたりして口周りの筋肉の動きをスムーズにします。舌を上下左右に動かすのも良いでしょう。介護者やご家族と一緒に早口言葉を言うことも盛り上がり、口の運動になるのでおすすめです。
また、唾液線が出るあたり(舌下腺・耳下腺・顎下腺)をマッサージして唾液の分泌を促すことで嚥下力を高めることができます。インターネットで検索すると色々な口腔体操の情報がみつかると思います。
歯科医院で口腔状態のチェックを習慣に
オーラルフレイルを見過ごさないためには、まずはかかりつけの歯科医を持つことが大切です。栄養相談をしていると、定期的に口の状態を歯科医院で診てもらっている人は、毎日のケアも意識して行えていることが多く、口腔状態もよいため、年齢に関係なく元気なかたが多い印象です。
一方で、義歯のないまま食事をしているかた、かかりつけの歯医医がなく何年も歯科受診していないかたは、口腔ケアもおざなりになりがちで、食べるものにも偏りがある傾向です。
「通院は大変だから…」と話されるかたも多いのですが、自宅に往診してくれる訪問歯科を利用する方法もあります。まずは一度、歯科受診することからはじめましょう。健康な口腔状態は、おいしく食べて元気でいることに不可欠。無理なくできることから始めてみてくださいね。
