兄がボケました~認知症と介護と老後と「第11回 近々手術を受けます!」
長年、若年性認知症の兄のお世話と介護に追われる暮らしだったライターのツガエマナミコさんは、自身の身体のことはいつも後回しにしていました。しかし、ここ数年の疲労とストレスに、身体は悲鳴を上げていたのかもしれません。そして、このたび、歯痛に見舞われたマナミコさんが、ついに重大な決断をしたというお話です。
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顎が外れて口が閉じない事態に
先日ぽっかり空いた平日にふらっと映画を観てまいりました。
作品は、上映終了寸前だった『正体』。ストーリーは、刑務所から脱走した死刑囚が顔や身分を変えながら自らの目的のために逃げ回る逃走劇。冷静に考えれば「そうはいかんやろ」という無理な流れもありますが、ぐいぐい引き込まれる人間模様と主人公の存在に一瞬も目が離せませんでした。そして最後、刑事に逃亡の理由を訊かれたときの答えが秀逸なのです。清らかすぎて心が洗われました。主演の横浜流星さまは、今季NHK大河ドラマ『べらぼう』でも主人公を演じていらっしゃる注目の俳優さま。なかなかのカメレオンぶりでございます。いつか『正体』がテレビ放映されることがあれば、ぜひご覧くださいませ。
そんなことより、ツガエマナミコ61歳、ついに「オペ(手術)」を決意いたしました。
そう、例の自費で行う歯科治療インプラントのお話でございます。
昨年、歯痛を応急処置していただいた際、先生からインプラントをお勧めされていたものの、年が明けても踏ん切りがつかずにおりました。そんな折、神の啓示か、朝方5時に歯痛に見舞われまして思ったのでございます。
「いよいよそのときが来たか」と。
痛みは数時間で消えましたが「ここでやらなきゃだめだ」と覚悟を決め、「インプラントのご相談をしたいのですが…」と歯科医院にお電話いたしました。
なかなか踏ん切りがつかなったのは、歯茎を切って顎の骨にごっついネジを埋め込む、ということを知ってしまったからでございます。上顎の骨にネジ……。目や鼻にも近い……。わたくしがインプラントを入れようとしているのは左上の奥歯でございますから、そんなところにネジをいれたあとの痛みは「どんだけ~」なのか。想像するだけで、もう痛くなってまいります。
でも世の中はいつ何が起こるかわかりません。昨今地震も頻発しておりますし、大きな災害時に歯痛が起こらないとは限りません。被災したうえに歯痛で苦しいのは最悪。できることはさっさと済ませておかなければと思ったわけでございます。
とはいえ、まだインプラントにはたどり着いておりません。
インプラントは、左上の一番奥に入れるとの説明がありました。数年前に神経ごと抜いてしまって今は歯茎しかない更地でございます。治療をしているのは現存する最奥の歯。本来ならもう一つ先に奥歯があるのに、今はなき奥歯の分まで負担を背負ったがために痛みが出たのでございます。
CTを撮ると、土台の骨はインプラント工事に耐えられそうですが、痛みの出た歯が思った以上に「やばい」ことになっていることが判明いたしました。歯周病が進み、神経が切れかかっているらしく、「こっちを先に治療しないとだめだな」となったわけでございます。
というわけで、久しぶりに麻酔注射をされ、あの独特の機械音に身を固くする治療が3回にわたって行われました。初回に40分以上口を開けていたため顎の関節が限界を迎え、額に汗がにじむほど痛くなりました。治療が終わったとき、顎が外れて口が閉じない事態にも見舞われ、気づけば全身汗びっしょり。先生に顎をカクンと入れていただき「そんなにずっと思い切り開けていなくていいからね」と諭されました。
生真面目に全開にしていなければならぬと思っていたわたくしは、そのお言葉で目から鱗が落ちました。今は隙あらば顎を少し閉じております。
治療中の歯は、真ん中をグングン削って歯根の方まで薬を入れたところでございます。
2週間ほどのインターバルを経て、次はついにインプラントの出番でございます。「治療」ではなく「オペ(手術)」と呼ばれていることが恐怖心を煽りますよね。局所麻酔のようですし、麻酔が切れると相当の痛みがあるとも伺いました。
気になるオペのお値段は渋沢栄一さまが39人+消費税。たった1本の歯にそんなに使うことが正解かはわかりません。インプラント治療は高額療養費制度の対象外ですし、わたくしにとってはまさに「べらぼう」な出費でございます。されど今後自分の歯を一本でも多く残すためにはやるべきだと、自分に言い聞かせております。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ