薬の副作用が“誤嚥性肺炎リスク”に関わる?最新研究が示した薬73品目<実名リスト>【医師監修】
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)の原因について、これまで加齢による嚥下機能の低下ばかりに目が向けられてきた。だが、最新の研究報告が示したのは新たな可能性だった。「薬の副作用」が発症リスクとして無視できないというのだ。誤嚥性肺炎のリスクがある薬を調査し、73品目をまとめた。
教えてくれた人
室井一辰さん/医療経済ジャーナリスト、三島渉さん/呼吸器専門医・横浜弘明寺呼吸器内科・内科クリニック理事長、長澤育弘さん/薬剤師
「誤嚥性肺炎」による死亡数は15年で約2.9倍に
日本人の死因上位のうち、「誤嚥性肺炎」による死者が2010年代以降激増している。
厚生労働省がまとめた「人口動態統計」を基に推移を見ると、2010年に2万2066人だった死亡数は2024年に6万3667人となり、実に3倍近く増えていることがわかる。
医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが言う。
「高齢化を背景に死亡数が増加するなか、国際基準に合わせる形で厚労省は2017年、『主要な死因』に『誤嚥性肺炎』を追加しました。東京都健康安全研究センターは、2030年には誤嚥性肺炎による死者数が12万9000人程度まで増えると予測しています」
釜本邦茂さんや菅原孝さんも誤嚥性肺炎が死因だった
近年は著名人でも誤嚥性肺炎を死因とするケースが多く報じられている。
元サッカー選手の釜本邦茂さん(享年81)は2014年に発症した咽頭がんの治療を続けていたが、2024年春に誤嚥性肺炎で緊急入院。自宅療養中の今年8月、帰らぬ人となった。
同じく2014年に脳出血を発症し闘病を続けていたビリー・バンバンの菅原孝さん(享年81)も、今年5月に誤嚥性肺炎を発症。9月に亡くなっている。
呼吸器専門医の三島渉医師(横浜弘明寺呼吸器内科・内科クリニック理事長)が解説する。
「食べ物や唾液などを飲み込む嚥下機能が低下した『嚥下障害』の状態で、食べ物などが誤って気管に入ってしまい、肺が細菌感染して炎症を起こす病気が誤嚥性肺炎です。
加齢に加え、脳卒中など脳の病気の後遺症などで嚥下障害になる人は多く、免疫力も低下している高齢者ほど起こしやすい。何度も繰り返すことで、最悪、死に至ります。今や誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位で、その多くは高齢者です」
「薬の副作用で誤嚥性肺炎を発症する可能性」を慶應大薬学部の研究チームが示唆
そうしたなか、今年9月に発表された慶應義塾大の研究チームによる論文に注目が集まった。
「『嚥下障害を誘発する薬の使用と誤嚥性肺炎のリスク』と題した論文で、慶應大薬学部の研究グループが国際的な医学雑誌に発表しました。それによると加齢だけでなく、『薬の副作用』で誤嚥性肺炎を発症する可能性が示唆されています」(前出・室井さん)
研究チームは、薬の添付文書に誤嚥の原因となる『嚥下障害』の副作用が記載された54の薬を抽出。それらを継続的に服用している延べ2万4276人分のレセプトデータを解析したところ、52%にあたる28の薬で、実際に服用者が嚥下障害または誤嚥性肺炎を発症していたという。
「論文によると、誤嚥性肺炎を起こした患者の30%が嚥下障害を併発していました。誤嚥性肺炎の発症は男性や後期高齢者に多い傾向があり、『特に高齢男性に対して嚥下障害の副作用がある薬を処方する際には、誤嚥性肺炎のリスクに細心の注意を払う必要がある』と結論付けています」(同前)
糖尿病治療薬や排尿改善薬、認知症治療薬が嚥下障害を誘発するケースも
副作用で誤嚥性肺炎のリスクを持つ薬にはどんなものがあるのか。
本誌は、医薬品の安全情報などを掌る国の機関・PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)のホームページに掲載されている内服薬の添付文書から、副作用に誤嚥性肺炎の原因となる「嚥下障害」の記載がある薬73を抽出した。
中高年に身近な薬に潜む副作用リスク
多種多様な薬が並ぶが、糖尿病治療薬や排尿改善薬、認知症治療薬、抗がん薬など「中高年に身近な薬も多い」と薬剤師の長澤育弘さんは指摘する。
「基本的に薬の副作用は継続的な『長期使用』で発現する可能性が高まります。また、加齢によって腎臓や肝臓での薬の代謝機能が衰えると、薬剤の成分が長く体内にとどまることになります。特に生活習慣病など慢性疾患に対する薬は服用期間が長くなるため、副作用リスクを考慮する必要があります」
その一つが、推定患者数2000万人とも言われる糖尿病の治療薬「SGLT2阻害薬」だ。
「腎臓での糖の再吸収を抑え、糖を尿として排泄することで血糖値を下げるSGLT2阻害薬は、利尿作用により脱水症状を起こすことがあります。重度の脱水は口内の乾燥や筋力低下を引き起こす可能性があり、その結果、食べ物を飲み込みにくくなるなど嚥下機能にも影響を与えることが推測されます」(同前)
多くの人が悩む尿トラブル。それらの症状を和らげる排尿改善薬にも該当する薬がある。
なかでも、過活動膀胱による頻尿や尿漏れなどを改善する「抗コリン薬」については次のように推測できるという。
「抗コリン薬は、神経から神経、または神経から筋肉へと情報を伝える神経伝達物質『アセチルコリン』の働きを阻害することで、副作用である唾液量の減少を起こします。しっかり咀嚼しても、唾液の減少で口内の食べ物をまとめにくくなったり、飲み込みにくくなることで、嚥下障害を誘発しやすくなると考えられます」(同前)
誤嚥性肺炎のリスクがある薬には認知症治療薬も入っている。
「コリンエステラーゼ阻害薬は、前述した抗コリン薬とは逆に、アセチルコリンの量を増やして症状の進行を遅らせる薬です。アセチルコリンは消化管の運動や胃酸分泌も促進するので、吐き気、嘔吐などの副作用を伴うことがあります。そのため食事の摂取自体が困難になり、結果的に嚥下障害という別の副作用リスクに繋がることがあると思われます」(同前)
その数20と抗がん薬(分子標的薬)が多く含まれる理由について長澤さんはこう言う。
「正常細胞へのダメージが少ない分子標的薬とはいえ、影響がないわけではありません。口内炎や唾液量の減少による口内の乾燥、中枢神経系への影響による運動機能の低下によって食べ物が飲み込みにくくなり、嚥下機能が低下する可能性が考えられます」
男性特有の症状であるED(勃起不全)治療薬もリストに入った。
「血管拡張作用によって血流を改善するED治療薬で嚥下障害の副作用が出るのは非常に稀ですが、全身の血管に影響を与える可能性があることから、咽頭や食道の運動機能にも影響して、飲み込む力が低下する可能性は否定できません」(同前)
関節などの慢性的な“痛み”に対して処方されることの多い「解熱・鎮痛・消炎薬」には、こんな理由が推測できるという。
「なかでも非ステロイド性抗炎症薬は腹痛や吐き気などを伴う胃腸障害、薬剤性食道炎などによる“嚥下時の痛みや違和感”によって、結果的に嚥下障害を起こす可能性が推測されます」(同前)
食事中にむせたり咳き込むことが増えたら誤嚥を防ぐ意識を持つ
もっとも、薬の副作用は嚥下障害の一因に過ぎない。加齢とともに嚥下機能が衰えたとしても、日常生活でリスクを減らす工夫はできると前出の三島医師は言う。
「嚥下機能の衰えは、食事中にむせたり咳き込むことが増えたかどうかでわかります。誤嚥性肺炎に確たる予防法はないものの、嚥下の衰えに気付いたら一度に口に入れる量を減らすなど、食事のたびに誤嚥を防ぐ意識を持つことが重要です」
日々の食事、薬の服用に細心の注意を払い、リスクを少しでも遠ざけたい。
※週刊ポスト2025年12月12日号
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