兄がボケました~認知症と介護と老後と「第12回 兄の面会は生活の一部」
歯痛に見舞われ、インプラントを入れることを決意したライターのツガエマナミコさん。昨年まで8年間共に暮らしていた若年性認知症の兄が特別養護老人ホームに入所してからは、かかさず週1回面会に行っています。もうすぐインプラントのオペの日がやってくるのですが、今週も変わらず兄を訪問したマナミコさんが、施設での兄の近況を綴ります。
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兄の手を取って歌を歌う
今週末にはインプラントのオペ(手術)がございます。術後はしばらく痛みで食事が満足に摂れないと聞いたので、今のうちに好きなものを食べておかねば、と思っているツガエでございます。
先日、5年ぶりに「海老会」に参加してまいりました。
「海老会」とは、海老好きが集まって海老料理を食べる会でございます。コロナ禍で音信不通になっておりましたが、この度無事に再開し、久しぶりに海老メンバーにお目にかかってまいりました。集まったのは10人のほぼフルメンバー。年齢も仕事もバラバラで、ただ海老が好きという一点でつながっている不思議な集まりでございます。
いつもは海老メニューの多いお店を選んで海老三昧をするのですが、今回は高級マンションにお住まいのメンバーがマンションのパーティールームを借りてくださり、各自で海老料理を持ち寄るスタイルになりました。
都会の眺めのいい高層階のパーティールーム。それだけで気分は上がります。
ズラッと並んだお料理は、海老フライを筆頭に、海老シウマイ、海老チャーハン、海老にぎり寿司、天むす、海老のタイ風炒め、海老サラダ、海老ピザ、海老せんetc…と文字通りの海老づくし。「5年もブランクがあったなんて思えないね」と海老を介して話が弾み、4時間の海老パーティーがあっという間でございました。
準備も片づけもワイワイしながらだと楽しいものでございます。「次回もこのスタイルでいきましょう」と話が決まり、初夏の開催をお約束して解散してまいりました。
そして今週も兄の面会に行ってまいりました。
友人には「毎週?えらいね~」「マナミコのこと妹ってわかってないのに?」などと言われますが、わたくしにとって兄の面会は、ランニングや筋トレにハマっている人と同じで、傍から見ればしんどそうでも本人にとっては「やらないと気持ちが悪い」という類のものなのでございます。ここまで習慣化すると切り離せない生活の一部で、このペースを壊すことがむしろ怖い。自由すぎる今のわたくしには、一つくらい「やるべき縛り」があるほうが精神的に安定すると申しましょうか。あんなに兄から解放されたかったのに矛盾していますけれど……。
先日は兄に「今度ね、歯の治療で、ガガガって顎の骨にネジを埋め込むの。すんごく痛んだって」と言ってみたら「へ~ほんと。大丈夫なの?」と心配してくれました。なんとなく話が通じたようで少しうれしくなりました。差し入れのヨーグルトを、不確かな手つきながらスプーンですくって食べる姿にも一抹の幸せを感じます。食べる意思があるということは生きる意思があるということですから……。
家で介護をしていたときは、兄に歌を歌ってあげるなんてこっぱずかしくてできませんでしたが、このところそれも習慣化してきました。兄の手を取って歌っているとリズムに合わせて顔を動かしてくれたり足で調子を取ったりする反応があるからです。兄が歌い出すことはないのですけれど、童謡や昔の戦隊ヒーローの主題歌などを思い出しながら短いひとときを過ごしております。
興奮を抑える薬を飲んでいるせいか、すこし顔つきが変わってきている気がします。でも暴れて拘束されるよりは数倍いいと思っています。全国で施設スタッフの人手不足が問題視されている今、支障なくお世話していただいていることは有難いことでございます。
さて、今回も最近知った雑学をひとつ。
ポークはPig(豚)のお肉、ビーフはCow(牛)のお肉、ではチキンは何のお肉でしょう?
思わず和英辞典を引きたくなりませんか?日本語は豚なら豚肉、牛なら牛肉、鶏なら鶏肉と単純なのに英語では動物の名称とお肉になったときの呼び方は違うことが多いですよね。
でも答えは「chicken(鶏)のお肉」。
チキンだけ同じなんて不思議ですよね。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ