倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.57「強烈に覚えている夫の言葉」
漫画家の倉田真由美さんの夫で映画プロデューサーの叶井俊太郎さん(享年56)は、子育てに積極的で娘さんに深い愛情を注いできた。そんな夫が、初めてすい臓がんの可能性と余命を告げられた、2022年の初夏のエピソード。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。お笑い芸人マッハスピード豪速球のさかまきさん原作の介護がテーマの漫画『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)ほか著書多数。
夫の叶井俊太郎さんとのエピソードを描いたコミック『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』 『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』は現在Amazonで無料で公開中。
夫が娘からもらった手紙
夫がいなくなった直後には気づかなかったことが、後に分かったりすることがあります。
夫が使っていたものは確認したつもりでいましたが、財布や手帳の中に見落としがありました。特に意外でもないですが、手帳のカバー裏に娘からもらった手紙がいくつか入っていたのをしばらく前に見つけました。
手紙は最近のものではありません。娘がもっと小さい頃、幼稚園から小学校低学年くらいの頃に書いたものだと思います。
「とうちゃん大すき」
「おたんじょうびおめでとう!!いつもありがとうね」
「またいっしょにあそぼうね」
「わたしはわり算をべんきょうしてるよ。とうちゃんは算数がんばってね」
幼い娘の拙い字で書かれた手紙の数々。夫は稀に見る悪筆でしたが娘もそうで、中学生になった今も字が下手なのが悩みの種です。いいところも悪いところも、二人には似たところがたくさんあります。
夫と娘の間には、私ですらタッチできない信頼感、愛情関係があったと思います。
土日休日、休みの日は必ずどこか、子どもが喜びそうなところに一緒に遊びに行っていました。屋内外のアミューズメントスペース、公園や科学館、動物園や牧場など関東近県の「子どもの遊び場」はほぼ網羅しているのではないかというくらい。私が参加できない時は二人だけでも行きました。娘が中学生になり部活動を始めて友だちと過ごすことを優先するようになるまで、ずっとそうでした。
夫に見せてあげたかった
そんな夫なので、娘からの手紙をずっと携帯しているのは意外でもなんでもありません。
結婚前に私があげたちょっと高価なコーヒーメーカーは「使わないから部下にあげた」など、特に大切にすることもなかったですが、娘からのものは別です。
そして私は、そういう夫が好きでした。妻である私よりも圧倒的に娘を優先し大事にする夫が。
22年の初夏、夫が初めてすい臓がんの可能性、そしてその場合の余命を告げられた時、夫は私に電話をかけてきました。
「もしかしたらすい臓がんかもしれないって」
まだ正式な診断はされておらず、可能性の指摘でしかありませんでしたが、私は電話口で言葉を失いました。
「その場合、余命は長くないらしい。ココの高校の制服姿、見たかったな」
この後、他にどんな話をしたのかほとんど思い出せません。唯一、高校生になった娘の制服姿を見たかったと言っていた、これだけ印象に残っています。
自分の余命が長くないと知った時、夫が一番に思ったのがそれだったんでしょう。でも、夫はこの時以来娘の高校進学について話すことはありませんでした。
来年、娘は高校生。夫に制服姿を見せてやりたかった。誰よりも、私よりも夫に見てほしかった。そう思ってしまいます。
倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」を1話から読む
倉田真由美さん、夫のすい臓がんが発覚するまでの経緯
夫が黄色くなり始めた――。異変に気がついた倉田さんと夫の叶井さんが、まさかの「すい臓がん」と診断されるまでには、さまざまな経緯をたどることになる。最初は黄疸、そして胃炎と診断されて…。現在、本サイトで連載中の「余命宣告後の日常」以前の話がコミック版で無料公開中だ。