倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.58「自己嫌悪」
倉田真由美さんの夫、叶井俊太郎さん(享年56)が、初めてすい臓がんと診断されたのは2022年6月のことだった。「もって1年」余命宣告を超えて2024年2月に旅立つまで、夫とかわした会話は大切な思い出だ。あるとき、夫の思い出に浸っていたら――。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。お笑い芸人マッハスピード豪速球のさかまきさん原作の介護がテーマの漫画『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)ほか著書多数。
夫の叶井俊太郎さんとのエピソードを描いたコミック『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』 『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』は現在Amazonで無料で公開中。
夫の思い出に浸る
一日のうち、どこかで夫の思い出に浸る時間をとっています。その時、よすがになるのが動画や写真、録音など夫自身を直接感じさせてくれるものです。
これは人にもよるようです。つらくて故人に関わるものをなかなか見たり聞いたりすることができないという人もいます。私は夫がいなくなった直後から、夫との思い出に逃げ込むタイプでした。すぐに、何かに触れたくなってしまいます。
その中で、動画、写真とはまた違う臨場感をもたらしてくれるのが電話通話の録音です。まるで、スマホの向こうに夫がいるみたいな感覚になることがあります。
そう、こうやって話していたな。
この話題、覚えてる。
夫とは電話で通話することも多かったので、かなりの数が溜まっています。録音を始めたのは’22年からですが、当初は慣れずに取り漏らした会話も沢山あって、ほとんどが’23年のものになります。’23年はがん発覚から時間も経ち、徐々に体調不良の日も増えていった一年。録音された会話を聞くと、後半になるほどダルさや腹痛など夫の不調の話題が増えています。
当然すべてが私との会話なので、夫の声だけではなく私の声も入っています。聞いていると、心穏やかに聞けない会話に出会うことがあり、そういう時は自己嫌悪に頭を抱えたくなります。
どういう会話かというと…。
夫と会話する自分の声に感じたこと
私の声、優しくない!
と感じられるものです。自分の声ながら、「この人、もうちょっと優しい言い方すればいいのに」と怒りすら湧いてきます。
内容はほとんど同じ。夫からジャンクフードなどを食べ過ぎてお腹が痛くなったという報告を受け、私がイライラした感情を抑えられていない時です。
私は夫に好きなものを好きなだけ食べたらいいよと言いながら、心の底ではジャンクフードやお菓子ではなく身体にいいもの、栄養価が高くバランスのいい食事を選んで欲しい、と思っていました。
夫は食べ過ぎて腹痛を起こすことがよくありましたが、食べた物によってはどうしても私は「何故それを選ぶ?」「どうしてそんなに食べる?」という呆れや苛立ちを覚えてしまい、それが表に出ることもあったと自覚しています。
夫は余命宣告されている身体なんだよ。
好きなものを好きなように食べさせてやってよ。
それでお腹が痛くなったら仕方ない、ただ優しく受け入れてあげればいいのになんでそうしないの?
夫と会話をしている過去の私に、説教したくなります。そして、会話できていいね、私はもうできないんだよと羨ましくなります。
倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」を1話から読む
倉田真由美さん、夫のすい臓がんが発覚するまでの経緯
夫が黄色くなり始めた――。異変に気がついた倉田さんと夫の叶井さんが、まさかの「すい臓がん」と診断されるまでには、さまざまな経緯をたどることになる。最初は黄疸、そして胃炎と診断されて…。現在、本サイトで連載中の「余命宣告後の日常」以前の話がコミック版で無料公開中だ。