「補聴器は恥ずかしい」と感じていた70代男性 娘に背中を押され人生が好転!【専門家が教える難聴対策Vol.4】
認定補聴器技能者で補聴器専門店の代表を務める田中智子さんのもとには、「聞こえ」に悩みを抱えるさまざまな人が相談に訪れる。聞こえにくいのを我慢して「まだ自分には必要ない!」とプライドが邪魔をして補聴器に踏み出せずにいたある父娘のエピソードをご紹介する。補聴器を使うことで、人生はどんな風に変化するのだろうか?
教えてくれた人
認定補聴器技能者・田中智子さん
うぐいす補聴器代表。大手補聴器メーカー在籍中に経営学修士(MBA) を取得。訪問診療を行うクリニックの事務長を務めた後、主要メーカーの補聴器を試せる補聴器専門店・うぐいす補聴器を開業。講演会や執筆なども手がける。https://uguisu.co.jp/
「思い込み」が人生を左右することも?
「その人の人生は、その人の思い込みが決めている」
お客様と接する中で、そんな風に思うことがあります。聞こえにくくなっているのに「年だから仕方ない」「ちょっと我慢すれば大丈夫」とそのまま過ごしていたり、「補聴器をつけていることを周囲の人に知られたくない」と、プライドが邪魔をしていたり。
しかし、何も対策せずにいると「どうせ聞こえないから」「どうせ自分なんて」と諦めの気持ちや自分の殻に閉じこもってしまうことも…。知らず知らずのうちに人と会いたくなくなって、急に老け込んでしまうということにも繋がりかねません。
そこでお伝えしたいのが、補聴器を使ったことでこれまでとは違った人生をスタートさせたかたがいらっしゃるということ。私が補聴器をおすすめした利用者さんの実例をご紹介したいと思います。
父親を想う娘さんからのメッセージ
「父が初めての補聴器を探しています。日常生活で不自由を感じているものの、本人はなかなか踏ん切りがつかないようです。ぜひそちらで相談したいので、ご連絡させていただきました。予約できるタイミングはありますか?」
30代の娘さんは結婚して実家を離れ、70代のお父様はひとり暮らしをされています。お父様は聞こえにくくなっているのにプライドが邪魔をして、補聴器に対してずっと興味があったにも関わらず、一歩前に踏み出すことができなかったそうです。
心配した娘さんから、弊社のホームページにお問い合わせのメッセージが届きました。
詳しくお話を伺ってみると、Aさんは奥様を亡くされて葬儀の喪主を務められたそうです。
葬儀といえば、親族や参列者がみなさん小声でひそひそとお話をされています。そして、喪主となれば会場のスタッフのかたともやりとりなければなりませんでもすべて小声でのやりとりで、何度も聞きかえしたり、手順と違うことをしてしまっているお父さまの姿があったそうです。
「あれ?もしかして聞こえてない?」と初めて気がついたそうです。
父とは離れて暮らしているため、なかなか難聴には気がついてあげられなかった。母の葬儀で聞こえにくそうにしている姿を見た娘さんは、どうにかしてあげたいと思ったそうです。
しかし「父は昔から頑固者だから、指摘しにくいな。補聴器をすすめても拒否されるだろうな」と思って、しばらくは言い出せずにいました。
お母様の四十九日の法要が終わり、少し落ち着いたころに父娘でゆっくり話すタイミングがありました。そこで娘さんは、「母の葬儀のとき、聞こえづらそうにしていたけど…」と、思い切って補聴器の話を持ちかけてみたそうです。するとお父様が取った行動は――。
大量の新聞記事の切り抜きが!
Aさんはおもむろに、引き出しを開けて購読している新聞記事の切り抜きを差し出し、娘さんに見せてくれたといいます。
なんとその記事は、私が補聴器や聞こえに関して発信していた連載でした。
お父様は、なんとかしなければと思ってはいたものの、「悩んでいる姿を見せたくない」「娘には頼りたくない」という父親としてのプライドが邪魔をして、なかなか自分から言い出せずにいたご様子。
じりじりと募る補聴器への想いとともに、たくさんの新聞の記事を大切に引き出しにしまい込んでいたようです。
娘さんは意を決して「私がこの連載の人に問い合わせてみるよ!」とお父様に伝え、当社にメッセージをくださったのでした。
初めて補聴器専門店へ「頑固な父親が一歩踏み出した日」
初めてご来店頂いた日、無口なお父様のことを気遣って、あまりしゃべりすぎないようにしている控えめな娘さんの様子も印象的でした。
最初のうちは、Aさんは「困ったことはない」とおっしゃっていましたが、会話を重ねるうちに心を開いてくださって、日常生活の中で実際に聞こえにくいシーンをぽつりぽつりとお話ししてくれました。
Aさんは、3年くらい前から小さな声が聞きづらくなり、打ち合わせのような複数の人数で会話をするとき、言葉が聞き取れなくなっていたそうです。それでも補聴器をつけることは「恥ずかしい」という思いが強くあったといいます。
補聴器をつけることのメリットについて丁寧にご説明させていただいたところ、Aさんも納得されたようです。いくつかの補聴器を試していただき、その中から気に入ったものを1週間使っていただくことになりました。
1週間後「テレビの音量が下がった」
1週間後にふたたびお会いすると、まだ完全に聞こえの悪さが解決したわけではありませんが、テレビの音量を以前ほど大きくしなくても聞こえるようになったと嬉しそうでした。また、日常生活でタイマーやアラームの音が聞こえるようになったとのことでした。
娘さんが感じたのは、これまで父親と歩きながら話するときは、たいてい何度も聞き返してきて生返事のことが多かったのに、店舗にいらっしゃるまでの道中、補聴器をつけて歩いていると、会話がとてもスムーズだったとのこと。
私が最初にお会いしたとき、Aさんは不安そうで硬い表情をされていましたが、来店されるたびに積極的に補聴器に関する質問をされるようになり、「気になっていた別の補聴器も試してみたい」と、リクエストをいただくようになりました。
2週間後「補聴器に対して前向きに変化」
そして2週間目になると、「だいぶ慣れてきたけど、耳から落ちやすい気がする」「テレビのニュースは言葉が聞き取りやすくなったけど、ドラマのセリフはまだ難しい」「日常生活でキンキン、カンカンする音が少し気になる」など、かなり具体的な感想を頂けるようになっていました。だいぶ補聴器に慣れていらっしゃるご様子です。
さらに、実際にどのくらいの時間、補聴器を装着していたのかをお伝えしてみました。毎日だいたい11時間補聴器をつけていたことが判ると、ご本人は「すごい!」と目を輝かせていらっしゃいました。1日中つけることが早く慣れるコツですよ、とお伝えして、その通りに実践してくださっていたのですが、改めて数字でお伝えしたことで、日々の頑張りを実感いただけたようで、喜んでおられました。
最初にご来店した時の「別に困っていない」「補聴器は嫌だよ」とお話されていたお父様と同じかたとは思えないほど、補聴器に対して前向きに変わっていました。
調整することで「さらに聞こえるようになる」喜び
それからAさんは、毎日起きている間は補聴器をつけてくださるようになりました。そして「この音がいやだ、この音は聞こえたからよかった」など、さまざまなリクエストや感想を伺いながら、ご一緒にご自身に合う補聴器をお試しいただきました。
その結果、人の声の聴きやすさと取り扱いのしやすさから、最初の週に試した補聴器を購入して頂くことになったのでした。
そして購入後1か月後の調整の際には、「この前、会合で今まで聞き取れたなった人の声が聞こえた」といったご感想も頂けるようになり、以前よりも生活が活動的になったんだと感じ、とてもうれしくなりました。
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このように補聴器は気になっているけど踏み出せないという人は意外と多いのではないでしょうか?
「自分はまだ補聴器なんて…」と思われている人でも、実際につけてみて効果が実感できると「これまでなぜ自分は補聴器をためらっていたんだろう」とおっしゃるかたは本当に多いんですよ。
★うぐいす智子先生のワインポイントアドバイス!
補聴器は恥ずかしい」という先入観をもっているのはもったいない!一歩踏み出せば、人生は180度変わるかも
取材・文/立花加久 イラスト/奥川りな
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