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暮らし

「90代の母が湯船に入るのを怖がる」高齢者の入浴における危険な事例と対策を専門家に取材

 90才を過ぎた記者の母はお風呂が好きだったが、最近すっかりシャワーだけでさっと済ませてしまうようになった。ゆっくり湯船に浸かってほしい一方で、何か事故に繋がるのではないかという心配も。そこで福祉用具の専門家に高齢者の入浴に関する注意ポイントや対策を伺った。

教えてくれた人

福祉用具専門相談員・山上智史さん

山上智史さん

介護福祉士や住環境コーディネーターなどの資格を持ち、福祉用具貸与事業所「K-WORKER」、便利屋事業(住まいるサポート)の管理者を務める。福祉用具専門相談員としての現場経験をいかした「高齢者在宅の自立支援・介助者負担の軽減を目的とした介適環境づくり」を実践。行動心理士でもあり、介護を必要とする人・介護する人の双方に寄り添ったアドバイスを心掛けている。https://k-worker.co.jp/

浴室は高齢者にとって危険がいっぱい

 浴槽に入りたがらない母に、理由を聞いてみると「浴槽をまたぐときに転びそうで怖い」とのこと。高齢になり足腰が弱ってきた母だが、ふたたび自宅のお風呂に安心して入浴してもらうことはできるだろうか――。

「入浴は体を清潔に保ち、血行を良くし心身ともにリフレッシュするためには大切なこと。しかし、高齢者にとっては、安全な環境が整っていなければ、危険な事故に繋がる可能性もあります」

 こう話すのは、福祉用具専門相談員の山上智史さん。山上さんは日頃から高齢者が安全に暮らせるように福祉専門用具のアドバイスを行うほか、介護施設で働く職員へのレクチャーなども行っている。

「浴室での転倒や、浴槽で溺れる、温度差によるヒートショックなど、入浴は高齢者にとって危険なこともあります。リスクを知った上で、安全に入浴するための対策をしておきましょう」(山上さん、以下同)

 高齢者の入浴における危険なエリアと事例、対策について具体的に教えてもらった。

転倒「浴室内や脱衣所ですべって転んでしまう」

「浴室まわりの危険事例として多いのが転倒です。脱衣所の床が濡れていてすべりやすくなっていたり、脱衣所と浴室の段差でつまずいて転んでしまったりするケースがあります。

 また、浴室の設計や元気だったときの入浴習慣で、意外と体に無理な負担がかかっていて、転倒しやすくなっている場合もあります」

・転倒しやすいエリア:危険な事例

・脱衣所:床が濡れていたためすべって転ぶ。

・浴槽付近の段差:浴槽の入口は浸水防止のため段差になっていることが多く、つまずいて転ぶ。

・洗い場:水や石鹸などですべりやすくなっている。浴槽のフチやイスにつかまりながら動こうとしてすべる。

・浴槽:ヘリやフチをまたぐときに片足を上げたり、前傾姿勢になったりしてバランスをくずしやすい。

・浴槽内:浴槽の中に座るときに浴槽のヘリに手をかけて、足を踏ん張りながら入ると後ろに倒れやすい。また、浴槽から出るときに体を回転させてバランスを崩してしまう。

対策「すべり止めマット、すべり止めテープの活用」

「浴室内は濡れていてすべりやすくなっているので、介護用品のすべり止めマットを使ってみてください。浴室・浴槽内にどちらにも敷けるものもあります。100円グッズなどで代用する人もいるようですが、安全性の点から介護用品から選ぶことをおすすめします」

対策「スノコの設置」

「浴室内にスノコを設置すると、浴室への入り口に段差がある場合、敷くことで転倒防止になります。また、浴槽内にスノコを敷くことで、浴室と浴槽の高低差を解消できるので、安定して出入りすることに役立ちます。さらに、床が底上げされるので、浴槽への高低差も少なくなりまたぎやすくなります。どちらも『特定福祉用具販売』として扱いがあるので、介護保険を利用して購入できます」

対策「手すりの設置」

「洗い場や、浴槽に手すりを付けることで転倒防止につながります。工事を伴う手すりの設置は住宅改修対象となり、介護保険の対象で1割から3割の自己負担で設置が可能です。

 壁に手すりを取り付けることが難しい場合、ユニットバスなどに取り付けられる簡易式の『浴槽用手すり』もあります。それだけでも浴槽をまたぐとき、手すりにつかまることで体勢を安定させやすくできます」

対策「バスボードを活用する」

「バスボードとは、浴槽の出入りを補助するために浴槽の両フチに差し渡して使う移乗台のことです。浴槽を直接またぐことが難しい場合など、いったん腰かける場として使用します。介護保険の購入対象(特定福祉用具販売対象)です」

対策「浴槽台を置く」

「浴槽台は、浴槽内いすとも呼ばれ、浴槽の中に設置する台のことです。入浴時の体勢を安定させたり、立ち上がりを楽にしたり、体の沈み込みを防いでくれます。

 脚裏にある吸盤で固定するタイプと、台の重さで安定する自重タイプがあります。こちらも福祉用具購入費の対象となります」

溺れ「湯船で溺れてしまう」

 実は、高齢者の浴槽内の不慮の溺死及び溺水の死亡者数は、交通事故による死亡者数を上回る※。

「転倒と同様、すべり止めや手すりを設置するなど安全・安心に入浴するために浴室環境を整えておきましょう」

※参考/消費者庁「無理せず対策 高齢者の不慮の事故」https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_067/assets/consumer_safety_cms205_221227_05.pdf

・溺れが起きやすいエリア:危険な事例

・浴槽内:筋力や握力の低下、疾患により浴槽のフチをうまくつかめず溺れる。洋風の浅くて長い浴槽のため、お尻が前方にすべりひっくり返る。和風の狭くて底が深い浴槽のため、直立姿勢が必要となりバランスを崩しやすい。

対策「すべり防止の対策をする」

「転倒の対策と同様、浴槽内にすべり止めのマットを敷いておくと、浴槽への出入りのときや湯船の中での体勢も安定し、すべりにくくなります」

対策「浴槽そのものを見直す」

「日本の住宅では和式の浴槽でフチが高いものが多いのですが、またぐときに大変なので高齢者にはあまりおすすめできません。高さ40センチ前後の和洋折衷型の浴槽ならまたぎやすく、足を伸ばせる広さがあるので肩までつかれます。ユニットバスでは、このタイプの浴槽が多く使われています。

 浴槽の改修は介護保険が適用される場合もあります。東京都新宿区の場合、38万7000円までの補助が出ます。1割負担のかただと4万円ほどで交換できるので検討してみてください。

『浴室での事故が多いので、浴槽自体を変えましょう』と推進している自治体もありますので、確認してください」

ヒートショック「温度差により健康を損なう」

「私が入浴介助していたときに、最も注意していたのがヒートショックです。暖かいリビングなどから急に寒い脱衣所や浴室に移ると、温度差によりヒートショックが起こりやすくなるとされているため、対策が必要です」

・ヒートショックが起きやすいエリア:危険な事例

・脱衣所:服を脱ぎ急激に冷えてしまう。

・浴槽内:お湯の温度によっては一気に熱くなりすぎる。

・浴室:立ち上がり動作の際に血圧が急に変動し、ふらつく場合がある。

対策「浴室、脱衣所の暖房を入浴前につけておく」

「寒い脱衣所や浴室にはエアコンなどの暖房があるといいでしょう。脱衣所は、電熱ヒーターを置くことでもだいぶ違います」

対策「温かいシャワーで浴室全体を暖めておく」

「浴室はシャワーのお湯で事前に浴室内全体を暖めておきましょう。熱めのシャワーを4方向の壁面にかけてください。また、浴槽にお湯をはって風呂のフタや浴室のドアを開け、浴室や脱衣所の空気を暖めておくといいでしょう。

 ヒートショックの予防は、浴室とほかの部屋との温度差をなくしておくことがポイントです。私自身、ご利用者様のお宅に訪問して入浴介助をさせていただいていたときには、到着したらまず浴室をシャワーのお湯で暖めておくことから始めていました」

やけど「うっかり熱い蛇口をつかんでやけどしてしまう」

「浴室に手すりがない場合、体を支えようとうっかり熱くなった蛇口をつかんでしまってやけどすることがあります。また、蛇口からいきなり熱いお湯が出てきて、体や手にやけどするケースもあります」

・やけどがおきやすいエリア:危険な事例

・洗い場や浴槽の蛇口:熱くなった蛇口などに触れてやけどしてしまった、蛇口からいきなり熱いお湯が出てやけどしてしまった。

対策「水栓の機能を見直す」

「”サーモスタット混合水栓”のようなお湯の温度調整ができるリモコン付きの水栓に変更するほか、シャワーのお湯を体にかける前に、手にかけて温度を確認するようにしましょう」

浴室関連の介護保険適用となるもの【まとめ】

●レンタル:バスリフト・置き型手すり(自治体による)など

●購入:浴槽台・すのこ・浴槽手すり・バスボードなど

●住宅改修及び設備改修(ビス固定工事が条件):手すり工事・床材底上げ、風呂釜交換など。

※すべり止めマット・すべり止めシートは介護保険適用外。

「高齢になると今まで何の苦労もなくできていた入浴が難しく感じられることがあります。ですが、浴室環境の見直しをすることで、より安全に快適に入浴していただけます。危険を未然に察知し改善することは介護される人のためでもありますが、入浴介助などの負担を軽減できるので介護するかたたちのためでもあるのです」

***

 記者は早速、実家の浴室と脱衣所を再確認。脱衣所にはエアコンと電熱ヒーターがあり、浴室も暖房機能付きなのでヒートショック対策はできている。また、浴室内の手すりと洗い場の風呂イスは介護保険で購入済みだ。

 しかし、背が縮んだ母にとって「浴槽は大きく感じられるようになっていた」ことには気がつかなかった。バスボードや浴槽内イスなどの購入を検討し、母の湯船に入ることへの抵抗感や不安を解消していきたい。

写真提供/山上智史さん(K-WORKER)取材・文/本上夕貴

●高齢者の「できない」を「できる!」に変える自立支援のためのアイテムスイッチ5選【福祉用具専門相談員が解説】

●福祉用具専門家が選ぶ介護に役立つダイソーの100円グッズ「食事&調理をラクに!」

●福祉用具を適切に選ぶことで高齢者が元気になった実例3選|要介護4から車いす卒業へ

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