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福祉用具を適切に選ぶことで高齢者が元気になった実例3選|要介護4から車いす卒業へ

 介護に必要な手すりや車いすといった福祉用具は、適切に選ぶことで、本人の自立支援に繋がり、元気になっていくことがあるという。福祉用具専門相談員の山上智史さんが介護現場で体験した、福祉用具によって元気が回復した実例を紹介する。

【1】背もたれつきのテーブルで食事ができるまで回復

Aさん(80代女性・要介護5)の事例

「80代のAさんは、脳梗塞の後遺症によって安定して座ることができなくなってしまっていました。ベッドの横に座って食事をするときには、ヘルパーさんが横から支えていないと倒れてしまうといった状況でした」(山上さん、以下同)

「当時ヘルパーとしてAさんに関わっていましたが、食事中に45分間ずっと横から肩に手を回して支えていました。背中にはオムツの袋や布団を丸めて背もたれにして食事介助をしていました。しかし、半年後に福祉用具の部署に異動し、こんどはA様と福祉用具専門相談員として関わることになったんです。

 そのとき、背もたれのついた座位保持テーブル“シッタン”と呼ばれる福祉用具を思いつきました。さっそくケアマネジャーに提案し、試してもらいました。

 すると、姿勢が倒れることがなくなり、テーブルに肘をついて支え、自らパンをつまんで口に運ぶこともできるようになったんです」

「この福祉用具のおかげで45分ヘルパーが支えていた食事介助が、人の手を借りず自分で口に運び食べることができるようにまでになりました。自ら食事ができたことでAさんの表情も穏やかになりました」

【2】体の状態に合わせて福祉用具を変更

Bさん(70代女性・要介護4)の事例

 福祉用具はそのときどきの状態に合わせて借りかえられる“レンタル”という方法がある。レンタルのメリットを活用し、状態が良くなった事例もあるという。

「ベッドで食事→車いすに移乗して食事→いすで食事と、食事の状態に合わせて福祉用具をレンタルして変更していった方がいらっしゃいました。

 脳血管疾患が発見されたBさんは、退院時には、立ち上がれず、ほぼベッドで寝て過ごす状態でした。

 そこで私は、Bさんの退院後の在宅環境を整えるために、Bさんのご家族に必要な情報の聞き取りをしました。病院では立つことも歩くこともできないとのことで、排泄はオムツ、食事はベッドでしているという状況でした。

 本人の目標は、今までどおり自宅のテーブルでいすに座ってご家族と食事ができるまで回復したいとのことでした」

 山上さんは、Bさんが退院しても在宅で安心して過ごせるように、そして自立機能がいかせるよう、以下のような福祉用具を選んだ。

・退院時:要介護4レベル

「まず生活の中心となる電動ベッドを選定。電動ベッドも様々な特徴のものがありますが、今回のB様には背中と足元の全体が傾くベッドをレンタルにて導入しました。このベッドのメリットは、ベッド上にいながら座っている姿勢になれることです。

 座位の姿勢で足も降ろせるため、座骨に体重が乗ることで姿勢が安定し、過度な緊張がとれてゆったりと座ることができるので、食事のときの飲み込みがしやすくなります。

 このベッドでお食事をしたBさんは、食事で栄養もしっかり摂ることができるようになりました。さらに、日中はなるべくベッドの背を起こして座った姿勢に近い状態で、テレビが見られるようになりました」

・ベッドから車いすへ:要介護3レベル

「4か月後、ベッドでしっかり食事をとれるようになったBさんは、その後体重も増え、訪問リハビリのサービスを使い安定して座る練習をするようになりました。

 そこで、レンタルで車いすとリハビリテーブルを導入しました。

 車いすは、背中や座面、足台やひじ掛けの高さなどを調整できる多機能型のタイプ。まだ座位が安定しないBさんの体に調整しやすく、座り姿勢を安定させることができるものでした。

 そして、車いすでも体の近くまで寄せることができるリハビリテーブルも導入し、座った姿勢を安定するように調整をしました。リハビリを続けることで、40分くらいの座った姿勢が保てるようになったところで、車いすでお食事ができるようになりました。

 このころから室内で日中の生活は、車いすが中心になり、排泄もトイレでできるまでになりました」

・車いす卒業 歩行器・手すり導入:要介護2レベル

「2か月後、日中から車いすに乗り体を起こすことを生活リハビリとして考えて毎日習慣にしていたBさんは、日常生活を室内歩行できるまで回復しました。

 そこで室内にはレンタルで必要な箇所に手すりを導入しました。手すりは、本人と福祉用具専門相談員の私が一緒に室内中を歩行して取り付け場所を決めました。

 また、外出も歩行器を使えば1人で歩行が可能になったため歩行器もレンタルすることにしました。

 半年ほどで、食事のときは、自宅のいすで1時間以上座れるようになり、退院時の目標だった『自宅の椅子でご家族と食卓を囲む』ことが達成できました。その結果、レンタルしていた車いすは、すっかり必要なくなり、返却することになりました」

 ほぼ寝たきりの状態から、家族と一緒に食卓で食事ができるまでに回復できた理由は、

「体の状態に合わせてレンタルの福祉用具をうまく使えたからだと考えています」と、山上さんは語る。

【3】ベッドを導入し部屋全体の配置をトータル検討

Cさん(80代女性・要介護2)の事例

「糖尿病の後遺症で左側に麻痺があったCさん。退院に合わせ、息子さんから『マンションを借りたので、片麻痺の人でも生活しやすい環境にしたい』という依頼がありました。

 左片麻痺のCさんは、とても自立意識は高く、『なるべくできる事は自分で行いたい』とご希望されていました。

 何もない部屋にレンタルでベッドを導入し、家具や冷蔵庫などをご家族に準備いただき、ご本人のやりたいことやできないことを整理して解決していきました。

【やりたいこと】

・生活にメリハリをつけるため、ベッドから離れて食事したい。

・冷蔵庫から食品を取り出し配膳・下膳は自分で行いたい。

・安全にトイレまで伝い歩きしたい。

【できないこと】

・食品を持って歩くことができない。

・立位が不安定

 上記のことをふまえ、ベッド、テーブルとイス、冷蔵庫の配置を検討していったという。

「ベッドは、左麻痺のため、右から降りられるような向きがベスト。また、トイレまでの動線を短くするため、入口に近い配置にしました。冷蔵庫は右手だけで開けやすいタイプのものをご家族に用意してもらいました。

 テーブルは、ベッドから離れて座れる場所に起き、もともとお持ちだったストッパーつきの安全性の高い回転いすを利用しました。

 回転式のいすを利用することで、座ったままで左を向くと冷蔵庫が開けられ、正面に向けば食事や配膳もできる、そして右を向いてシンクに食器を片付けて食器を洗ったりできる、一連の動作を座りながら行うことができるようになりました。

 福祉用具や家具、冷蔵庫などの家電は、配置次第では、ヘルパーの介助が必要になったかもしれませんが、麻痺の状態に対応する家具の配置をトータル的に考えたことで、Cさんは自分でやりたかったことを実現できるようになりました。

 つまり、福祉用具は、選び方や使い方のほか、適切な配置も重要となります。

 福祉用具は、介護生活を支えるアイテムのひとつであり、どこに置けば自立機能が維持されるのか、どんな向きにしたら快適か、使い方や配置なども一緒に考える必要があります。配置を誤るとせっかく自立できる機能があるのに、活かせないということも。

 福祉用具をレンタルするときには、生活全体をトータルで見て必要性や適合性を判断することが大切になってきます」

教えてくれた人

福祉用具専門相談員・山上智史さん

山上智史さん

福祉用具貸与事業所にて介護福祉士として介護現場を経験。現在は福祉用具貸与事業所「K-WORKER」と便利屋事業(住まいるサポート)の管理者を務める。福祉用具専門相談員としての現場経験をいかした「高齢者在宅の自立支援・介助者負担の軽減を目的とした介適環境づくり」を実践している。
https://k-worker.co.jp/

取材・文/本上夕貴

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